吐く息が白いくらい寒い朝だった。
帰り道、アスファルトの隅に白くて小さく、ふわふわとした塊が蹲っているのを見つけた。
自分の吐いた息が固まったのかと思ったけど、近づいてみると猫だとわかる。小さな小さな子猫。
弱っていて自分じゃ何にも出来ない。寒さを凌ぐ為に端に寄ったばっかりに誰にも見つけて貰えない。そんなの、まるで私みたいじゃないか。違うのは、この子には私よりも選択肢が極端に少ない事。
この幼さはまだ生まれたばっかりだろうに。どうして弱い者は世界に見放されなければいけないのか。そんなの絶対におかしい。
そう思った時にはもう子猫を抱えて走っていた。大事に大事に、冷えても熱を発する塊を、ふわふわで心地良いこの子を、ぎゅっと抱き締めて。
『子猫』
ひんやりと心地良い風が、頬を撫でながら私を追い越してゆく。カーテンとそれを通る光とをゆらゆら揺らしながら。
そして、滑らかで鮮やかな赤を黒く濁らせながら。
夏も今日ももう終わりなのかしら。別れというものはいつだって寂寥を感じるわ。カーテンコールを受けたって二人で舞台に上がる事はもう出来ないもの。
でも、季節は巡るように輪廻があるから。今度は貴方が道を外さないように祈ってあげる。恋した貴方への私からの花向け。色褪せた世界を彩ってくれたお礼。
彼女は空の薬莢を片手に、風に揺れる木々の音と闇の中に紛れて。悲しそうに小さく笑った。
『秋風』
「今日はね…」
いつものように、何をしたとか、されたとか、どう思ったとか。貴方としたいと思った事も、一点を見つめて話す。希望と哀愁が折り混ざったまま。
記憶や思い出の目映ゆい輝きが薄れていくとしても、風化していくとしても、決して無くなる訳じゃないから。春の日差しのように私の心を暖めて、明るく照らしてくれるのは、変わらないから。例え唯一でも、私が貴方の軌跡になるから。
そして、ずっとずっと、いつまでも待ち続けて。探し続けて、願い続けて。奇跡だって起こしてみせるから。
どんな場所でも、貴方と2人きりでも、あの世でも別の世界でだって。会えるのなら何処でも良い。
だから
『また会いましょう』
タンッ
私に向く銃口から飛び出すモノは、いつだって虚空を貫く。当たったら痛いんだもの。皆避けるわ。
それが当たり前の事で。そして、その後すぐ相手の首が切れちゃうだけ。そんな単純作業に飽きるのも当然よね。
ダンッ
だから、だからね。
ダンダンッ、ダンッ
逃げ道も塞ぐように的確に。加えて素早く撃つ貴方に。恋にも似た感情を抱いちゃってるみたい。ほら、さっきの避けきれずに掠っちゃって血が出てる。こんなの初めて。
世界に火が灯るように、私と貴方を中心にして色づいていく。気が狂いそうな程鮮やかな極彩色で、白黒だったはずの風景は埋め尽くされて。
スリルってこういうものだったのね。楽しさを教えてくれて、思い出させてくれて
「ありがとう」
──そして、おやすみなさい
『スリル』
どうせもう飛べないのなら、この命を賭けても良いと思った。願いは貴方が笑顔で生きていってくれる事だけだったから。
身勝手だと分かっていたけど。それでも、僕の事なんかより貴方自身を大切にして欲しかった。あぁ、この言葉、そっくりそのまま返されちゃいそうだなぁ。
貴方が褒めてくれた空を駈ける翼は、もう折れてしまった。それなのに愛しそうに撫でてくれるから。ずっと忘れないでくれるから。正しさなんてどうでも良くなって、ただひたすらにもっと飛びたいと願ってしまう。
また貴方に触れて、話して笑い合って。綺麗な世界を一緒に生きたいと。
君には敵わないや。例え叶わない願いでもずっとずっと願い続けるよ。
『飛べない翼』