帽子かぶって
よく晴れた夏の日、青と緑の少し強めのコントラストが目を突き刺す
僕は縁側に腰を下ろす。風鈴の音に合わせて蝶が踊っている。
体が溶けているのではないかと錯覚するが、僕の右手は確かに水々しいオアシスのようなスイカを掴んでいる。まだ実体はあるらしい、よかった。
夏にはどうも冬が恋しくなる。
ひんやりと肌を指すような冷たさが恋しい。
きっと冬には夏が恋しくなっているのだろうけど。
心底どうでもいいことだ。
くだらないことばかり考えている。
夏の思い出なんて“暑い”以外に出てきたことなどない。実にくだらない。
青い夏とやらはどこにあるのか。
何とも言い表せない虚無感とも寂寥感ともいえよう心を夏風が揺らす。
今、ここから飛び出したなら、夏風に飛び乗れたら、あの蝶のように風鈴の音と共に踊り出せたら
スイカから流れた水滴が腕を伝う。肘のあたりまて流れただろうか、あまり気持ちのいいものではない
どうせ今更だ。何も変わったりなんかしない。
明日も明後日も、この夏も次の夏もその次の夏も、どうせ何も変わらず、むやみに時と汗が流れて、
霧がかかった心を知らない振りでやり過ごして、
そうやって生きていくんだ。
そうやって生きていくことでしか自分を守れない愚かな自分が嫌いだ。
ひまわりの花畑が見える。
顔は見えない。向こうを向いたまま。
彼らが見据える先には白くて丸い、何と呼ぶべきか、心と言うべきか。
私もそれを知りたい。美しさに心を溶かしてしまいたい。夏の日に僕はそれをもっともっと知りたい。
僕はもっと僕を知りたい。
わからないで閉ざして、守るために目を瞑って、恐れたまま握りつぶした心を知りたい。
心を奪われるような夏の匂いを、肌を焼く海風を、草木の揺れる音を、知りたい。
知りたいことばかりだ。
知れば知るほど傷つくことばかりだ。
勇気はない。覚悟もない。
あるのはほんの少しの好奇心だけ。
帽子をかぶる。
夏の大地をかみしめる。
僕は夏を知ろうとする。
君のその手で何だって掴める。
夢も心も、
幸せも苦しさも、
生きた証も、
なんだって君は掴める。
宇宙のように可能性が無限大に広がっている。
君のその手はとても優しい。
傷だらけで、
人より少し硬くて、
とてもあたたかい、
どんなものより柔く美しい。
宇宙のように私を包み込んでいる。
星のように輝く君の手。
君の手のひらには宇宙がある。
風のいたずら
風が運んできたのは
冬の痛いくらい鋭い寒さ
風が運んできたのは
口いっぱいに放り込みたくなるような
美味しそうな香り
風が運んできたのは
あなたの奏でるピアノの音
風のいたずらに私は微笑む
透明な涙
溺れてしまいそうなほど苦しいのに
溢れることを知らない
焦がしたパンの分だけ、
散ってしまった葉の分だけ、
どうしよもないほどつくった笑顔の分だけ、
喉の奥で詰まったままの声の分だけ、
心を溶かしたくて仕方ないのに
私の頬を伝うのは、透明な涙だけ
あなたのもとへ
自分嫌いのあなたはいつも何処か苦しそうです
笑顔で繕って、弱いところはしまって、独りぼやけた月を眺めているのでしょう。
目の前に咲く花も造花だと言い張り、にわか雨が降りそうだと、そんなことばかり考えているのでしょう。
何処か遠くに逃げたいでしょう。
ずっとずっと遠くに逃げて美しいものだけを眺めてただただ美しいと言いたいだけなのでしょう。
それなのに世界で一番醜いものがずっと側にいて、どこにも逃げられないと言うのでしょう。
私が花をあげても見向きもしないでしょう。
私が落とした石ころにずっと涙を流すのでしょう。
そんな貴方を見るのは心がきゅっとなるのです。
きっとあなたはわからないのでしょう。
わかりたくないのでしょう。
わかれないのでしょう。
全て嘘のように思えるのでしょう。
私はそれが悲しくて仕方がないのです。
あなたの心の奥底から思わず溢れたような、屈託のない笑みが見たい。
自分が好きじゃなくたっていいんです。
ただほんの少し、こんな自分でもいっかと思えるような瞬間があなたに訪れてほしいのです。
誰かと居る時、何かをしている時、どんな時でもいい。
川辺のベンチに座って鳥を眺めている時のような、何でもない時間が、
そうしているだけで思わず愛してしまうような、そんな時間がどうか、どうか、
あなたのもとへ訪れてほしい。
そんなことをいつも願っています。