チリリリー…ン。
細く、けれどよく通るこのドアベルの音が好きで、よく通ったし、待ち合わせた。
今日は…1人かな?
仲の良いスタッフのお姉さんに、少し寂しげな表情で聞かれる。
私はホットコーヒーで、彼はココア。
さらに絶対にケーキも食べるという彼を、いつも胃の重くなる感覚を携えて見ていた。けれど、嬉しそうな顔。甘いものが嫌いな私でも、どれだけ美味しいものなのか食べてみたくなっちゃうくらいの。この店のケーキを口にした瞬間の顔が、本当に大好きだった。
チリリリリ…ン。
メニューから顔を上げてしまう。
……ああ、違った。
並んだケーキと、コーヒー。前回はケーキとココアを頼んでみたが、その後一日中何も食べられなくなったので、今日はコーヒー。
チリリリーン。
…違うか。
…食べ切れないケーキを頼んでしまったと泣きつけば、来てくれたりしないかなどと浅はかな考えを浮かべながらゆっくり食べ進める。
…違う。……違う。チリリリリン。……また違った。
違うって知っている。わかっている。けれど。
ベルが鳴るたび、何度もドアの方を見遣ってしまう自分を止められない。繰り返すうち、あんなに苦手だったケーキから、みるみる味がなくなっていく。
砂糖のたっぷり入った生クリームが突然しょっぱい。また耳に入る高いベルの音。何度鳴っても、もう君はここには来ない。知っていた。わかっていた。
このベルの音は私にとって、君を連れてきてくれるものだった。
*ベルの音
帰って缶ビールに手を伸ばす。お風呂上がりはどんなに寒い季節でもこれが一番。
毎晩毎晩手を出してしまうけど、どうしてもやめられない。
今日録画していた番組を早速再生する。推しがはしゃいでいる姿ににやけもときめきも止まらない。
「あーいまの顔めっちゃ可愛いでしょ!」
口にしてしまってハッとする。またやってしまった。
別に寂しくないし。
推し活も前より時間を作れているし、この後どんなにお酒を飲み続けても口煩く小言を言われたり、こうして異性のアイドルにどんなにはしゃいだって、拗ねる言葉さえもう返ってはこない。
そう、一人の方が気楽だし。
何万回繰り返したかわからないひとりごと。
私から切り出した別れは、お互いのこれからのためのものだったのだから、口にしてはいけない。思ってもいけない。
君がこの部屋から出て行って以来ずっと胸にあるこの思いは、口にしたところでもう誰も聞いてすらいないのだから。
*寂しさ
「あのね、昨日のサッカー観た?」
「この間行った飲み屋でね」
「この服似合いそう!」
………
「ところでさ、」
昨日って何してた?
LINE、あんま好きじゃない?寝ちゃってただけ?
…君ってあたしのこと、別にそんな好きじゃないよね?
「今日どうする?うちに泊まる?」
いつ途切れてもおかしくない距離。趣味も違えばなんの接点もない。どんなに踏み込みたくてもどれだけ思っても、できるのなんてセックスと、とりとめのない話だけ。
*とりとめのない話