【短編】幸せな彼女が愛するヒマワリ畑の秘密
ヒマワリへ朝一番に水をやり
手入れをするのが、この夏の彼女の大切な日課です。
都会から少し離れているけれどそんなに不便ではない、緑の多い住宅地で彼女は暮らしています。
子供には恵まれませんでしたが、夫と2人で穏やかな幸せを紡いでいるようです。
この家の庭には、彼女が15年かけて育てたささやかなイングリッシュガーデンがあり、一見ランダムに見えるけれど、考えて植えられている夏の宿根草たちが咲き繁り、涼を与えています。
そんな庭の一角に、今年は小さなヒマワリ畑が登場しました。傍目から見ると、この庭には唐突すぎる存在ですが、彼女はこの小さなヒマワリ畑がとても気にいっている様子で、この夏は付きっきりで世話をしているのです。
今朝もヒマワリへ水をやりながら
ボソボソと彼女が呟いています。
今日も暑くなりそうね
さぁ、たっぷり召し上がれ
冷たくておいしいでしょう
本当にきれいに咲きましたね
あなたのおかげです
うふふっ
そうしているうちに、
「あらあら?」
彼女は水やりホースの水を止めて、しゃがみこみました。
よく見るとヒマワリの根元に
衣服の一片のような...
そして、
朽ち果てそうで朽ち果て切れない風情をした
人の指...
そんなものがチラリチラリと土からはみ出しています。
「寝相の悪い人ですね。
でも、そんなところも大好きですよ」
彼女は微笑みながら素手で土を集め丁寧にかぶせて根元を盛り直しました。
「さぁ、これで大丈夫!」
満足そうに彼女は立ち上がると
また、呟き始めます。
こんなにきれいに咲いたけど
夏が終わったらどうしましょう?
何か別の花を植えた方がいいのかしら?
ねぇ、あなた、どう思う?
ヒマワリに問いかけると
夏の終わりの気配を混ぜた風が吹き
ヒマワリが頷くように揺れて応えました。
そうね!何か次のお花を植えましょう!
彼女は水やりホースを片付けながら、楽しそうに家の中に入ってゆきました。
庭ではもうすぐ季節を終えるヒマワリが哀しそうに風に揺れています。
せっかく紡いだ幸せを
ひとときの感情で壊してしまった彼女を
それを忘れたふりを続けていることを
哀れだと、揺れています。
<終>
#シロクマ文芸部
お題「ヒマワリへ」から始まる小説
#119 夕日を迎えるエメラルドグリーン
海へいこう
都会に疲れた足を引きずり
あの海へいこう
まだあるだろうか?
あの海は__
親友とおしゃべりばかりで仕上がらなかった写生大会
居残りでふたりで描くことにしたあの船着場で
青春のおしゃべりはさらに続いた。
気がついたら夕方で、青かった海はエメラルドグリーンのグラデーションに変わり夕日を迎えていた。
ショッピングモールどころか映画館もない
日が暮れると街灯が妖しく照らすアーケードを
はだけそうな浴衣を着た酒臭い観光客が
歩き煙草をふかしながらぞろっと歩いている__
そんな時代の冴えない温泉街に私たちの青春はあった。
だけど、その時は、
「今更だけど綺麗だね〜」
と少しだけ故郷を誇らしく笑い合った
結局、絵は仕上がらなかったけれど
何とかなるさ〜
もう帰ろう
バスがなくなっちゃうよー
ふたりとも迎えの為に
気軽に親を呼べる家庭じゃなかったから
常に帰りのバスの時間は大切で
スマホはこの時代のドラえもんさえも持っていない
ずっと先の未来のマシンだったから
この海を忘れないように
心のカメラで写して慌てて帰った。
.....
あの時の海は今も心のアルバムに残っている。
けれど、あの海を見た場所はもうないだろう
でも、あの海は
きっと今日も美しいエメラルドグリーンに染まり、夕日を迎えていると思う。
お題「海へ」
#118 もう、愛には戻れない
裏返した愛情は
嫉妬になるけれど
嫉妬を裏返しても
もう、愛には戻れない
お題「裏返し」
#118 ないものねだり
空を飛ぶ
鳥のように
自由になりたい
君は言う
空を飛ぶ
翼の代わりに
僕らには
自由を掴む
この手があるのに
お題「鳥のように」
【フユコの歩く理由はフユコにもわからない】
ただ歩く、
ただただ、ひたすらに、歩いています。
歩く理由はあったような気がするけれど、忘れてしまいました。
思い出そうと考えるのもなんだかちょっとねぇ...
ただ、立ち止まってはいけないような気だけはして、夕日に急かされながら、ただただ歩いています。
「フユコおばあちゃん!
どこ行くの?
みんな探してるよ!」
息を切らせて走ってきたセーラー服のかわいいお嬢さんから声をかけられました。
(はて?どなたかしら?おばあちゃんって?)
でも、よく見たら、このお嬢さんには私のよく知る誰かの面影があるような気がするのですが、果たしてそれは誰だったのか....?
「おばあちゃん
帰ろうーよー
お母さん心配しているよー」
私は腕を掴まれお嬢さんに懇願されました。
(お母さん?あぁそうだ!
娘のハルを迎えに行く途中だったんだわ!)
「あのね、ハルの小学校がもうすぐ終わるから、
迎えにいかなきゃ」
「だーかーらぁ〜
そのハルがあたしのお母さんなんだってー
お願いだからもう帰ろうよー」
とお嬢さんは必死に言うけれど
何だか言っていることがよくわかりません。
...なので、また歩き始めます。
「おばあちゃん!
おばあちゃん!
お願いだからっ!
待って!!
待って!!!」
お嬢さんにすがるようにまた引き止められていると....
「お母さん!!」
今度は覚えのある声がしました。
振り返ると血相を変えた妹のアキコが居ました。
「お母さんもう帰りましょう
ハルならもう帰ってきていますよ」
「あらそうなの?」
(あれっ?ハルって誰だっけ?
私はどうしていたのかしら?)
血相を変えて走ってきたくせに、平気なフリをするアキコに会話の調子を合わせたものの、よくわからなくなって.....
「何だか疲れたわ」
ぽつんと呟くと、
「さぁ、家に帰りましょう」
妹のアキコに手を取られ、また歩き出しました。
「家」とやらに帰るために。
道中、セーラー服のかわいいお嬢さんは娘のハルの子供で、私、フユコの孫のナツだと聞かされたけれど、もう何が何やら...
とにかく疲れました。
あぁ、でも家に着いたら娘にご飯を作らなければ
きっとお腹を空かせて待っているだろうに__
.......
さっきまでフユコを急かしていた夕日は沈み始め
夏の終わりを告げる蝉が鳴いています。
ずっとずっと前にも、
こんな風に家族で夏の夕暮れを歩いたことを
フユコが少しでも思い出せたらと
降り注ぐように鳴いています。
#シロクマ文芸部
「ただ歩く」から始まる小説・詩歌