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11/17/2023, 10:52:54 AM

冬になったら、とことん惰眠をむさぼってやる。
だってこんなに寒いのに外に出て、寒い寒いと騒ぐのもなんだか馬鹿らしいじゃないか。温かいお布団の中で丸くなって、冬が過ぎるのを待つほうが気持ちも穏やかでいられるだろう。
暖かくなってきたら日向ぼっこをしにお布団を抜け出して、昼下がりの陽射しの中で微睡むのも良いな。
暑くなってきたら冷たいフローリングの上にでも大の字になって、ぬるくなった床から冷たい床へと渡り歩いて過ごそう。
涼しくなって、リンリンチロチロと夜が賑やかになってきたら、本を読んで朝を待つのも良いかもしれない。長い長い夜の間、ずーっと空に浮かんでいるお月様を眺めにベランダに出るのもいいな。
それでまた冬になったら、冬になったら―。

「冬になったら、やっぱこれよ!」
台所の蛍光灯の下、煮え立つ鍋を前にして、酒瓶を片手にタンクトップの酔いどれ女がカラカラと笑うのが見える。薄暗いとはいえちょっとした明かりにさえ嫌気が差すというのに、辺りに漂う磯の香りがまた僕の冬を台無しにしていく。布団に潜ったところで、あの女の存在と罪のない鍋の香りは容赦なく襲いかかってくるだろう。空腹も顔をのぞかせつつある。グツグツと煮込む音、カンカンと鍋の縁を菜箸で叩く音、しばしの沈黙のあとにかすかに聞こえる美味いの言葉。他人の家とは思えないほどの寛ぎっぷりは流石だとしか言えない。聞いてもいないのに、もうすぐ料理ができるぞと、陽気な調子で声をかけてくる。
「頼んじゃいねえぞ」
僕のついた悪態にも、無邪気に笑って女は答える。
「いいじゃん、好きだろ?鍋」
それは事実だ。むっと黙る僕の様子に満足したように、女は酒を煽る。飲み過ぎるな、と言っても意味がないことは知っていた。なんたって僕らは夫婦として数年を共に過ごし、元夫婦として十数年の付き合いになるのだから。
いそいそと布団から出てくるスウェット姿の僕ににやりとしたり顔を浮かべ、酔っぱらいはリビングの電気をつける。テーブルに鍋敷きを置き、箸やお椀、付き合わせるつもりかお猪口までもを手早く並べていく。こういうところも変わらない。さあさあ座ってなさいな。そう言わんばかりのもてなしを、他所の家となったこの場所でも平然とやってのけるのだ。席に付き、彼女と鍋が来るのを待つ。そして聞くのだ、弁解を。
「今日は鱈を貰っちゃってさあ。そしたら鍋でもするかって」
鍋をドカッと鍋敷きの上に置き、女は話し始める。今更になって不安をあらわにした視線外しにこちらが気付いていないとでも思っているのか、調子はずっと陽気なままだ。
「ひとり鍋ってなんか味気ないなって」「そういや君が、冬はいつも布団にこもって、ご飯なんか知ったこっちゃないって感じだったのを思い出してさ」「鍋の具材買いに行くついでに、ここの隣の酒屋で良い酒買っちゃおうって」「それで……押しかけちゃった!」
僕は溜息をつき、彼女にお猪口をつきだす。僕の好きな冬じゃないが、こちらを気にかけてくれてる誰かを無碍にするのも好きじゃない。
「冬になったらいつもそう言ってるな」
僕の了承の意を汲み取って、彼女はニッと笑う。
「冬になったらやっぱ鍋よ!あとお酒!」

冬になったら布団の中で、暖かくなるのを待つ。
漂っていたいのだ。あの温かな時間を、忘れないように。

11/17/2023, 10:28:06 AM

他所へ引っ越すのだという級友が教室の前に立たされて、どんな顔をすべきか困惑したまま視線を泳がせている。去年の夏にやってきた彼の転校に、これと言って感情が動くことはない。ここではよくあることだから。
夏休み明けからは隣のクラスとこのクラスを一つにまとめてしまうこともあっさりと告げ、先生は夏休み前の締め括りに入る。また元気で、二学期に会いましょう。

この土地にずっといるのは、ここで商売をしている家の子供たちくらいだ。引っ越してくるのは派遣だとか駐屯だとかの親の都合がどうとかで、ある日突然現れては知らないうちに居なくなる。赤子の頃からの付き合いなのだと言われる少数人で一つのグループを作ったまま、ただ歳を重ねて大きくなっていくだけ。それが当たり前だったから、たまたま人が増えて二クラスになったときにそれはそれは大騒ぎになった。いつもの顔が隣になく、隣のクラスにあるのだから。
「せっかく離れ離れになったのにね!」
同じ方向に帰る群れの中の一人が残念がる様子もなくそう言った。小さい頃から一緒だった、我が家の前のコンビニの子。
「誰か引っ越して来ればいいのになあ……」
そうぼやくのはパン屋の子。給食がない日の保育園では、パン屋の持ってきたカレーパンを巡ってじゃんけん大会が開催される。でもジャムパンが一番美味しい。
「隣のクラスは二人引っ越して、こっちは一人だから、またクラスを分けるなら三人引っ越して来なきゃいけないんでしょ?無理じゃない?」
リカーショップの子は唸っていた。
「どんどん居なくっちゃうね」
変わらないのは私達だけだね。いつもみたいにそう言えたら良かったのに。
いつも来るのは他所の子で、いつも居なくなるのは他所の子だった。だから私達は、本当の離れ離れを知らない。