冬になったら、とことん惰眠をむさぼってやる。
だってこんなに寒いのに外に出て、寒い寒いと騒ぐのもなんだか馬鹿らしいじゃないか。温かいお布団の中で丸くなって、冬が過ぎるのを待つほうが気持ちも穏やかでいられるだろう。
暖かくなってきたら日向ぼっこをしにお布団を抜け出して、昼下がりの陽射しの中で微睡むのも良いな。
暑くなってきたら冷たいフローリングの上にでも大の字になって、ぬるくなった床から冷たい床へと渡り歩いて過ごそう。
涼しくなって、リンリンチロチロと夜が賑やかになってきたら、本を読んで朝を待つのも良いかもしれない。長い長い夜の間、ずーっと空に浮かんでいるお月様を眺めにベランダに出るのもいいな。
それでまた冬になったら、冬になったら―。
「冬になったら、やっぱこれよ!」
台所の蛍光灯の下、煮え立つ鍋を前にして、酒瓶を片手にタンクトップの酔いどれ女がカラカラと笑うのが見える。薄暗いとはいえちょっとした明かりにさえ嫌気が差すというのに、辺りに漂う磯の香りがまた僕の冬を台無しにしていく。布団に潜ったところで、あの女の存在と罪のない鍋の香りは容赦なく襲いかかってくるだろう。空腹も顔をのぞかせつつある。グツグツと煮込む音、カンカンと鍋の縁を菜箸で叩く音、しばしの沈黙のあとにかすかに聞こえる美味いの言葉。他人の家とは思えないほどの寛ぎっぷりは流石だとしか言えない。聞いてもいないのに、もうすぐ料理ができるぞと、陽気な調子で声をかけてくる。
「頼んじゃいねえぞ」
僕のついた悪態にも、無邪気に笑って女は答える。
「いいじゃん、好きだろ?鍋」
それは事実だ。むっと黙る僕の様子に満足したように、女は酒を煽る。飲み過ぎるな、と言っても意味がないことは知っていた。なんたって僕らは夫婦として数年を共に過ごし、元夫婦として十数年の付き合いになるのだから。
いそいそと布団から出てくるスウェット姿の僕ににやりとしたり顔を浮かべ、酔っぱらいはリビングの電気をつける。テーブルに鍋敷きを置き、箸やお椀、付き合わせるつもりかお猪口までもを手早く並べていく。こういうところも変わらない。さあさあ座ってなさいな。そう言わんばかりのもてなしを、他所の家となったこの場所でも平然とやってのけるのだ。席に付き、彼女と鍋が来るのを待つ。そして聞くのだ、弁解を。
「今日は鱈を貰っちゃってさあ。そしたら鍋でもするかって」
鍋をドカッと鍋敷きの上に置き、女は話し始める。今更になって不安をあらわにした視線外しにこちらが気付いていないとでも思っているのか、調子はずっと陽気なままだ。
「ひとり鍋ってなんか味気ないなって」「そういや君が、冬はいつも布団にこもって、ご飯なんか知ったこっちゃないって感じだったのを思い出してさ」「鍋の具材買いに行くついでに、ここの隣の酒屋で良い酒買っちゃおうって」「それで……押しかけちゃった!」
僕は溜息をつき、彼女にお猪口をつきだす。僕の好きな冬じゃないが、こちらを気にかけてくれてる誰かを無碍にするのも好きじゃない。
「冬になったらいつもそう言ってるな」
僕の了承の意を汲み取って、彼女はニッと笑う。
「冬になったらやっぱ鍋よ!あとお酒!」
冬になったら布団の中で、暖かくなるのを待つ。
漂っていたいのだ。あの温かな時間を、忘れないように。
11/17/2023, 10:52:54 AM