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他所へ引っ越すのだという級友が教室の前に立たされて、どんな顔をすべきか困惑したまま視線を泳がせている。去年の夏にやってきた彼の転校に、これと言って感情が動くことはない。ここではよくあることだから。
夏休み明けからは隣のクラスとこのクラスを一つにまとめてしまうこともあっさりと告げ、先生は夏休み前の締め括りに入る。また元気で、二学期に会いましょう。

この土地にずっといるのは、ここで商売をしている家の子供たちくらいだ。引っ越してくるのは派遣だとか駐屯だとかの親の都合がどうとかで、ある日突然現れては知らないうちに居なくなる。赤子の頃からの付き合いなのだと言われる少数人で一つのグループを作ったまま、ただ歳を重ねて大きくなっていくだけ。それが当たり前だったから、たまたま人が増えて二クラスになったときにそれはそれは大騒ぎになった。いつもの顔が隣になく、隣のクラスにあるのだから。
「せっかく離れ離れになったのにね!」
同じ方向に帰る群れの中の一人が残念がる様子もなくそう言った。小さい頃から一緒だった、我が家の前のコンビニの子。
「誰か引っ越して来ればいいのになあ……」
そうぼやくのはパン屋の子。給食がない日の保育園では、パン屋の持ってきたカレーパンを巡ってじゃんけん大会が開催される。でもジャムパンが一番美味しい。
「隣のクラスは二人引っ越して、こっちは一人だから、またクラスを分けるなら三人引っ越して来なきゃいけないんでしょ?無理じゃない?」
リカーショップの子は唸っていた。
「どんどん居なくっちゃうね」
変わらないのは私達だけだね。いつもみたいにそう言えたら良かったのに。
いつも来るのは他所の子で、いつも居なくなるのは他所の子だった。だから私達は、本当の離れ離れを知らない。



11/17/2023, 10:28:06 AM