伝える前に諦める
いつものように
それが楽だから
伝えたいなんて
贅沢すぎる望み
はじめから捨ててしまえ
楽に生きたいんだろ
そうして誰にもほんとうのことを伝えないまま
偽物の僕が出来上がる
楽に生きられてるかって?
そんなわけないだろう
約束などしなくても、
ここに来ればきみがいる。
わかっている。
もう動かない、喋らない、
腹も空かない、冷たい石の下のきみ。
わかっているけれど。
それでもきみの名を呼び、語りかけ、
好きだった珈琲を置く。
いつかこの場所で、
ふたたびきみの隣に眠れる日を待ち侘びて。
書いてしまったら記憶に残り続けるから
このまま書かずにいよう
あなたへの手紙
「当然みたいな顔して生きてるけど、もしかしたら明日死ぬかもしれない。それなのに、ずっと一緒にいようだなんてよく言えるよね」
ちょっと意地悪言ったら、ぴくりと片方の眉を上げて。
「きみといれば、1秒だって1000年だって、ぼくにとっては『ずっと』だよ」
腹の立つほど余裕の笑み。
「1000年なんてそんな先、人類みんないないかも。そんなのつまんない」
むっとしながら繰り出したのがだいぶ稚拙な反論だったから、ちょっと楽しげですらあるそれはまったく崩れない。
「だったらきみとふたりきり、源氏物語でも読み耽ろう。1000年前の恋の物語を1000年先で読むなんて、ロマンティックこの上ない」
そうやってますます愉快そうに、ころころ声を立てるものだから、こっちもついつい笑ってしまう。どうしてここで源氏物語が出てくるのか謎だけど、そんな突飛さも可笑しくて。
ああ、このひととならきっと1000年先でも大丈夫。そんな気がした。
ちいさな青い星をひそかに集めたように、
慎ましやかに咲いている
「私を忘れないで」と冠した花の束を、
きみに放り投げて言えたらよかった。
忘れないでという呪い
かける勇気が僕にはまだ、足りなかったんだ。