約束
「でも、これからも俺の隣で本、読んでてくれる?」
すぐに答えを出すことはできなかったけれど、私は今も彼の隣で本を読んでいる。あの頃よりも、もっと近い距離で、本を読んでいる。あれから続いてる、約束。
本を読むのは私の影響だと彼はいうが、真面目な面を持ち合わせていたことは知っていたし、なんだか律儀なところがあるから、私に合わせてくれているのかなぁと思っている。私の隣で、静かにページを捲っている。
彼の隣は心地いい。初めは、ただドキドキして本の内容が入ってこなかったが、今は本を読む時に彼に引っ付いているのが、当たり前になった。彼の体温を感じながら、ページを捲る時間が心地いい。
ふぁぁ…
大きな欠伸。
ゴロンと体勢を変えた彼は、私の膝に頭をのせる。
「なぁ、そろそろかまってよ」
「あと、もうちょっとやから、待って」
「ん…」
また、ページを捲る音だけが響く。
パタン
「お待たせ」
「んー…待ちくたびれた」
そっと私の頬に、彼の唇が触れる。
「ご飯、行くか」
顔が熱くなる。
彼の唇が触れたところが、火傷したみたい。
こんな些細なことなのに、まだ慣れない。
「可愛いなぁ」
彼の隣で、約束を続けていたい。
ココロ
オズの魔法使いでブリキの木こりは心が欲しいと言った
たぶん、1番心優しいのがブリキの木こりだと
子どもながらに思ってた
心がないけど優しいのにと
欲しいものは実はもう持ってるものかもしれない
星に願って
もう忘れたいのに
なんで思い出すんだろう
夜が明ければ
全部消えてしまえばいいのに
輝く星たちと一緒に
君との思い出も
君の背中
追いつきたい
そしたら振り向かせたい
ねえ、こっち向いてよ
遠く…
今日も、いるな。
見上げた建物の窓から、彼女の後ろ姿が見える。
進路も決まり、残りの高校生活をただ消化するだけの毎日。自由登校だから、登校する必要もないけれど。
彼女が今日もいるから、俺は旧図書館へと入る。
読書が好きな訳ではない。むしろ漫画ばかりで、彼女のように活字の多い本を長時間読むことは苦手だ。でも、今、彼女の側に行くには、旧図書館しかないのだ。
彼女も進路は決まっていると聞いたが、なぜか毎日この旧図書館に来ている。真新しい新館があるにも関わらず。空調設備も使えないのに。
新館に行かずとも、教室で読書もできる。暖房が効いて暖かい、俺の隣の席で読書してくれてたら、声もかけやすいのに。いや、読書中だからと躊躇してしまうか。今までもそうだったし、昼休みや放課後に、彼女を捕まえることはなかなか難しかった。教室にいないのだ。
彼女の読書を邪魔しないよう、旧館に入る。座るのは、本棚を挟んだ彼女の隣。本と本の間から彼女の横顔が見える。何を読んでいるかは分からない。手を伸ばせば届きそうな距離にいるのに、彼女が遠い。本棚一つ分なのに…。
彼女がページを捲る音を聞きながら、ぼーっと本棚を眺める。陽の光が暖かい。
しばらくすると、紙の擦れる音ではなく、小さな寝息が聞こえてきた。本の隙間からそっと覗くと、彼女は気持ちよさそうに寝ている。
可愛い。ずっと見てられる。
罪悪感を覚えながらも、小さな隙間から彼女の姿を眺めていた。教室では、決して許されなかった、贅沢な時間。
『下校時刻10分前です。校舎内にいる生徒は、下校しましょう。』
突如静寂を破られ、びっくりする。
どれくらい眺めていたんだろうか。彼女を起こさないと。
「あの、もう下校時刻やけど」
「ふぇあ!」
変な声。それすら、可愛らしい。大きな目をさらに大きく見開いて、俺を見てる。やばい。可愛い。
「え…。なんで?」
「なんでって、隣におったやん。ずっと」
「うそ…」
「教室でも隣やのに、気づいてなかったん?」
「うん、本読むタイプじゃなさそうやし…」
「うん、まあ…」
俺が隣にいること、気づいてなかったようだ。
下校の音楽が終盤に差しかかる。
「帰るで。音楽終わりそう、ヤバい」
まだ、驚いている彼女は固まっている。
「ほら、早く」
と、少し強引に手を引っ張った。
「ちょっと、待って」
彼女は慌てているけど、構わず引っ張る。
今日は、どうしても言わなあかんことがある。
「今日で、最後やから。ここ」
旧館の扉の前で立ち止まって、彼女と向き合う。
「でも、これからも俺の隣で本、読んでてくれる?」
「え」
「ずっと、好きやった。これからも好きでいていい?」