さあ行こう
彼女の後ろ姿が見えた。
待ち合わせをしていたのに、どうして反対側へ歩いているのだろう。
一つ年下の妹が、
「大学案内して!そんでお兄の彼女にも会わせて!!」
と連絡してきたのは、彼女と約束をした5分後だった。
彼女には話してないが、一緒にお茶をするくらいなら、きっと大丈夫だろう。
一度会っていれば、妹もしつこく会わせろとは言わなくなるだろう。
「ここにおれよ。迷子探しさせんなよ」
と、妹を残して彼女を追いかける。
なんだか、様子がおかしい。
泣いてる?
「待って!どこへ…」
泣いてる。それもボロボロと涙を流して。
なんで。
「なんで、こっちに来るん?あの子のとこに戻って」
しゃくりあげながら、早口で拒絶される。
あの子…は、妹か。話してるの見てたのか。
それで、何か勘違いしてるようだ。
「戻るけど、それは二人一緒にな」
「それは無理。私なんかつまんないんやろ…」
俺の顔なんて一切見てない。大粒の涙をこぼしながら泣き続けている。
「なんか、勘違いしてるみたいやけど、あの子は俺の妹です。大学見学のついでに、お兄の彼女に会わせてって。朝から来てるんです。ちゃんと証明するから、顔上げて?」
涙で濡れた顔をやっと上げてくれた。
「妹…さん?」
「そ、言ってなかったから、何か勘違いしたみたいやけど。一切やましいことなんて、してません」
「ごめん…なさい。私なんか、本ばっかりでつまんないし、可愛い格好もできないし、あんなに笑えないから…」
また、下を向く。
今度は、両手で彼女の顔をはさんで顔を上げさせる。
「俺は、可愛いと思うのも、笑顔が素敵やと思うのもも、泣いてても美人やと思うのも、全部君だけです」
やっと、笑ってくれた。
「お兄、何泣かしてるん」
げ…。お前、来んなよ…。
「ごめんなさい。彼は悪くないの。私の勘違いで」
ハンカチで涙を拭って彼女は答えた。
「泣いてても美人なんて。お兄にはもったいないな」
と、ケラケラ笑っている。
さすが兄妹。同じこと思うんだな。
横で彼女も笑ってる。
やっぱり彼女がいちばん可愛い。
「さあ行こう。今日はうるさい妹付きで申し訳ないけど」
妹は、何やら文句を言っているが、構わず、彼女の手をとる。
俺は、彼女と一緒にずっと歩いていたい。
大好き
君の声が
君の笑顔が
だから離れないで
ずっとそばにいて
僕が君の笑顔を守るから
涙を見せるのも
僕の前だけにして
心のざわめき
なんだろう…
きっと今までもこんな光景見てたのに
どうしても心が騒がしい
私といる時は
あんな風に声をあげて笑ってくれない
優しく微笑んでくれるけれど
今のあなたの方が楽しそう
本ばかりの私はやっぱりつまんないのかな
きらきらした見た目
可愛らしい声
今流行りの話ができる女の子の方が
一緒にいて楽しいよね
私は
あんな風にきらきらしてない
声も低くてぼそぼそしゃべってしまう
流行りなんて分からない
彼はもともと
太陽みたいに明るくて元気な人
私なんて
きっと似合わない
私は
彼から離れた方がいいんだ
秘密の場所
「でも、これからも俺の隣で本、読んでてくれる?」
あれから2ヶ月。
大学生になった、昼下がり。お互いの大学近くの公園。温室があり、雨もしのげる便利な場所だ。その中のさらに奥まったところにベンチがあり、そこが俺と彼女の秘密の場所だ。
「秘密の花園みたいやね」
と彼女はいうが、本を読んでこなかった俺にはさっぱり…。それでも、この場所をお互い気に入り、毎週訪れている。
彼女が読んでいる本は、俺にはハードルが高すぎて全く手が出せないが、映画のノベライズやライトなエッセイなど、少しずつ読むようになった。読み始めると、次々読みたくなる彼女の気持ちがわかるようになった。
やっぱり、彼女の隣は心地いい。あの頃は手の届かなかった彼女が、すぐ隣で、俺にひっついて本を読むようになった。それだけでも十分幸せなのだが…。
かまって欲しいと、思ってしまう。
ふぁぁ…
大きな欠伸が出た。
ゴロンと体勢を変えて、彼女の膝に頭をのせる。
「なぁ、そろそろかまってよ」
「あと、もうちょっとやから、待って」
「ん…」
ダメか…。完全に本の世界に入ってしまってる。
しばらくは、かまってもらえない。見上げる格好で、彼女の様子を眺める。
美人だし、可愛い。俺だけが独り占めしたい。
パタン
「お待たせ」
「んー…待ちくたびれた」
伸びをしながら、彼女の頬にそっと唇で触れる。
「ご飯、行くか」
真っ赤な彼女。
そんなに驚かなくても。
もう何度もしてるのに。
慣れてもいいだろうに。
「可愛いなぁ」
こんな彼女、絶対外で見せたくない。
だからここは、俺と彼女の秘密の場所。
約束
「でも、これからも俺の隣で本、読んでてくれる?」
すぐに答えを出すことはできなかったけれど、私は今も彼の隣で本を読んでいる。あの頃よりも、もっと近い距離で、本を読んでいる。あれから続いてる、約束。
本を読むのは私の影響だと彼はいうが、真面目な面を持ち合わせていたことは知っていたし、なんだか律儀なところがあるから、私に合わせてくれているのかなぁと思っている。私の隣で、静かにページを捲っている。
彼の隣は心地いい。初めは、ただドキドキして本の内容が入ってこなかったが、今は本を読む時に彼に引っ付いているのが、当たり前になった。彼の体温を感じながら、ページを捲る時間が心地いい。
ふぁぁ…
大きな欠伸。
ゴロンと体勢を変えた彼は、私の膝に頭をのせる。
「なぁ、そろそろかまってよ」
「あと、もうちょっとやから、待って」
「ん…」
また、ページを捲る音だけが響く。
パタン
「お待たせ」
「んー…待ちくたびれた」
そっと私の頬に、彼の唇が触れる。
「ご飯、行くか」
顔が熱くなる。
彼の唇が触れたところが、火傷したみたい。
こんな些細なことなのに、まだ慣れない。
「可愛いなぁ」
彼の隣で、約束を続けていたい。