春ネコ

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遠く…


今日も、いるな。

見上げた建物の窓から、彼女の後ろ姿が見える。
進路も決まり、残りの高校生活をただ消化するだけの毎日。自由登校だから、登校する必要もないけれど。
彼女が今日もいるから、俺は旧図書館へと入る。

読書が好きな訳ではない。むしろ漫画ばかりで、彼女のように活字の多い本を長時間読むことは苦手だ。でも、今、彼女の側に行くには、旧図書館しかないのだ。

彼女も進路は決まっていると聞いたが、なぜか毎日この旧図書館に来ている。真新しい新館があるにも関わらず。空調設備も使えないのに。

新館に行かずとも、教室で読書もできる。暖房が効いて暖かい、俺の隣の席で読書してくれてたら、声もかけやすいのに。いや、読書中だからと躊躇してしまうか。今までもそうだったし、昼休みや放課後に、彼女を捕まえることはなかなか難しかった。教室にいないのだ。

彼女の読書を邪魔しないよう、旧館に入る。座るのは、本棚を挟んだ彼女の隣。本と本の間から彼女の横顔が見える。何を読んでいるかは分からない。手を伸ばせば届きそうな距離にいるのに、彼女が遠い。本棚一つ分なのに…。

彼女がページを捲る音を聞きながら、ぼーっと本棚を眺める。陽の光が暖かい。

しばらくすると、紙の擦れる音ではなく、小さな寝息が聞こえてきた。本の隙間からそっと覗くと、彼女は気持ちよさそうに寝ている。

可愛い。ずっと見てられる。

罪悪感を覚えながらも、小さな隙間から彼女の姿を眺めていた。教室では、決して許されなかった、贅沢な時間。

『下校時刻10分前です。校舎内にいる生徒は、下校しましょう。』

突如静寂を破られ、びっくりする。
どれくらい眺めていたんだろうか。彼女を起こさないと。

「あの、もう下校時刻やけど」
「ふぇあ!」
変な声。それすら、可愛らしい。大きな目をさらに大きく見開いて、俺を見てる。やばい。可愛い。
「え…。なんで?」
「なんでって、隣におったやん。ずっと」
「うそ…」
「教室でも隣やのに、気づいてなかったん?」
「うん、本読むタイプじゃなさそうやし…」
「うん、まあ…」
俺が隣にいること、気づいてなかったようだ。

下校の音楽が終盤に差しかかる。
「帰るで。音楽終わりそう、ヤバい」
まだ、驚いている彼女は固まっている。
「ほら、早く」
と、少し強引に手を引っ張った。
「ちょっと、待って」
彼女は慌てているけど、構わず引っ張る。

今日は、どうしても言わなあかんことがある。

「今日で、最後やから。ここ」
旧館の扉の前で立ち止まって、彼女と向き合う。
「でも、これからも俺の隣で本、読んでてくれる?」
「え」

「ずっと、好きやった。これからも好きでいていい?」

2/9/2025, 5:06:32 AM