カウンターだけの狭い店。ここの味が好きなのだけど、どうもカウンターの席が苦手だ。前に店主がいると、妙に緊張して、何だか落ち着かなくなる。
椅子に腰掛けようとして、ふらついたり、箸を袖に引っ掛けたり、あわあわして、せわしない雰囲気になってしまう。
小さくなって座っていると、横に荷物カゴが寄せられた。隣の人を見ると、手がどうぞというジェスチャーをしている。ああ、膝の上に荷物を置いたままだった。身動きがしにくいはずだ。お礼を言って、荷物を入れる。
反対側の人が席を立ち、後ろの壁に掛けてあった上着をとった。ハンガーをすっと差し出して、さっと出て行った。二人の何気ない感じの気遣いがうれしくて、ふっと緊張が緩んだ。
「何気ないふり」
今日は、ちょっと嫌なことがあった。仕事でうまくいかないことがあった。大切な人たちに迷惑をかけた。なんだか気分が乗らない。ちょっと転んだ。電車に乗り遅れた。その人を仕方なく横切っただけなのに「ちっ」と言われた。
なんだかなと思う日の夜の、帰り道に咲く桜が満開だった。立ち止まって木の下に入る。街頭に照らされる花は、薄ピンクのモヤみたいで本当に美しかった。誰もいないその場所を、独り占めした。それだけで、今日はハッピーエンドだ。
「ハッピーエンド」
後ろから、じーっと見てみてみる。「そうすると、振り向くかもよ」って言うから。あ、少し横向いた。だめか。後ろまでは、気づかないか。
「もっと、思いを込めなくちゃ」。気付いてーと、少し強く思ってみる。しばらくすると、また顔が上がった。後ろ! すかさず念じてみる。
頭がゆっくり動いて、ふーっと後ろを振り返ってきた。あっ。目が合った。不思議そうに、じっと見てくる。「ほら、笑って」。言われるままになんとか笑顔を作る。
すると、向こうも目元がふっと緩む。その優しい眼差しに、ドキドキする。もうこれ以上は無理だ。でも、隣の彼女は、こんな駆け引きをうまく積み重ねることができるらしい。
「見つめられると」
毎日働いてくれているのに、普段はあんまり意識していない。時々、体や心の動きと連動して、その存在を感じる。ヒトの身体は本当に良くできていて、不思議なもんだと思う。
誰かを見た時、その何かに心が動いた時のドキドキは、頭の向こうからカーンとで鐘が鳴るような感じがする。一番その存在を感じる時だ。
その時は、つくづく自分の鼓動を感じながら、ふわふわと、とても幸せな気分に包まれている。
「My Heart」
〝ないもの〟が欲しくなる。それを手に入れようとする。頑張って、努力して、そうしなければいけないかのように。そんな呪縛にとりつかれていた。
ないものは、努力して身につけるものだ。そんな感じで、子供の頃からやってきたのかもしれない。頑張れば、いつかは身につくかもしれない。そんな幻想で、ずっとやってきたけれど、何かが違う。
ないものは、ない。ないものばかり見て、〝ある〟ものには、目を向けようとしない。それは自分にとって当たり前になっているものだから。
でも、その、あるものを伸ばしていくほうが、楽しい。もしかしたら目に見えるカタチで成長が見えるかもしれない。そんなことに、なかなか気づけなかった。
「ないものねだり」