デパートの地下を通ると、たくさんのかわいい缶が並んでいた。よく見るとチョコレートを入れたものだった。
缶入りが流行っているらしく、色々な種類がある。どれも趣向を凝らしてあり、かわいらしい。思わず缶のデザインばかりを目で追ってしまう。チョコレートを食べた後、このサイズだったら何を入れるかな、なんて考えていた。
自分用に一つ買おうと思った。缶を選びながら夢中になる。目移りしながらも、美しい花の絵がついた小さな缶を選んだ。丸いチョコレートが二つ入っていた。
大切に袋を抱えて外に出る。マフラーを巻くと、ふわりとチョコレートの甘い香りがした。
「バレンタイン」
子どものころ、母のおつかいで、近所に住むおばさんのところへよく届け物をした。玄関のベルを鳴らすと「はーい」と明るい声がして、おばさんが出てきた。届けものを渡すと「あ、ちょっと待ってて」と奥に行ってしまった。
玄関にあるネコの置物や、年季の入った花瓶なんかを眺めていると、おばさんが駄菓子屋にあるようなプラスチックの大きな入れ物を持ってきた。中には、お煎餅が入っていた。砂糖がまぶしてあったり、海苔がついていたり、その入れ物に入っていると、より美味しそうに見えた。
おばさんは、ふたを開けると「さあ、好きなものを選んで」と言う。砂糖がたっぷりついたのを選ぶと、小さな紙袋に、ほかの海苔やお醤油のお煎餅もいくつかいれてくれた。
それから、何度かおつかいに行くたびに、あのプラスチックの入れ物が出てきた。色とりどりの飴や、クッキーの時もあった。おばさんの「待ってて」は、とても楽しみな時間だった。
「待ってて」
電車に乗っていると、前に座っている人がじーっとこちらを見ている。気のせいかと思って、しばらくしてまた顔を上げると、やっぱり見ている。なんだか居心地が悪い。
視線の先をよく見ると、上のほうにある。帽子? 今日はベレー帽のようなのをかぶっていた。そういえば、電車に乗った時、何か小さな黒いものが、ふうーっと一緒に乗ってきた。
あ、目が合った。その人は、自分の頭を指差してみせた。何かついてる? 帽子をそっととってみると、黒いてんとう虫みたいなのが、そこでじっとしていた。どうしよう。帽子を少し動かすと、ふいに飛んでどこかへ行ってしまった。
前の人とまた目が合う。何となく笑い合って、軽く会釈を交わした。
「伝えたい」
引っ越しが好きだった。最初は、学生の時から一人暮らししていたところが取り壊すことになって、仕方なくだった。
いさ、引っ越してみると、今まで住んでいた場所の近くでも、気分が違う。何より気持ちがすっとリセットされた気がした。
それから、何度か引っ越した。「面倒じゃない?」と色々な人に言われたけれど、以外と苦にならなかった。
今は、大家さんが一階に住む二階を借りている。部屋の窓の下に庭があり、季節ごとに木のようすや、花々が見えた。部屋は、体を休めるだけでいいと思っていたのに、思いのほか癒される。ぼーっと窓からの景色を見るのが好きになった。
引っ越ししたい欲がピタリと止まった。しばらくは、この場所で過ごしたいと思っている。
「この場所で」
誰もがみんな得意なことがある。自分が苦手だと思うことが、何でもなくできる人もいる。逆に自分が何でもなくできることを、すごいねと言ってくれる人もいる。
誰がいいとかそういうことではなく、皆それぞれがすごいのだ。色んな人が集まれば、でこぼこのピースがピタッと合うように、補い合うことができる。
「誰もがみんな」