ずっと好きなことを追い続けていればいいと思っていた。でも、なかなか思うところへはたどりつけない。だんだん苦しくなってきて、やめてしまった。
すると、自分を通る軸がなくなって、ヨレヨレになった気がした。楽になったはずなのに、何か違う。また、嫌になってきた。
本当はどうなのか、心の奥にある思いを探ってみる。やっぱり好きなのだ。好きなのだから、楽しまなくちゃ。もっと気楽にやってみよう。
またもう一歩だけ、踏み出してみることにした。
「もう一歩だけ、」
そういえば、朝起きた時から辺りが静かだった。カーテンを開けても、差し込んでくるまぶしい光がなかった。
外に出ると誰も歩いていない。一人で道を歩く。今、昼なのか、夕方なのか分からない色に包まれている。くもりの日は、空気の粒子が見えるような気がする。まるで、気泡を閉じ込めたお菓子の淡雪のように。
音も淡雪の中に閉じ込められたのだろうか。よく聞こえてくる子どもたちの声も、犬の鳴き声もしない。見える景色はいつも通りなのに、ひっそりとしていて、よく出来た作りモノのようだ。同じ姿をした別の街に感じる。
その時、さーっと、後ろから自転車が通り過ぎた。あっ。カチッとスイッチがはいったような気がした。駅前のざわめきが聞こえ、人がぱらぱらと歩いてきた。いつもの街だ。ほっとしながら、駅に向かった。
「見知らぬ街」
道を歩いていると、にわかに薄暗くなってきた。ポツっと雨がかかる。あっと思ったら、ポロポロと雨が落ちてきて日傘兼用傘では、かわしきれないほどになった。ゴロゴロ…。遠くで雷の音もする。ドキッとする。
またたく間に、足元がびっしょり濡れて、肩先も冷たくなってきた。ふと顔を上げると、シャッターの閉まったお店の軒先に、何人かの人が雨宿りしている。私もそこへ入った。
雨は、相変わらず激しく降っている。遠くの空がピカッと光ると、しばらくして、バリバリ、ドーン! 隣の人と思わず、目が合った。いやー、すごい。声には出さないけれど、そんな顔をし合った。誰かといることが、なんとなく心強かった。
5分くらい待っていると、少し雨足が弱まってきた。奥にいた人が、さっと傘をさして歩き出した。ほかの人も続く。雷が近づかないうちに、私も歩き出した。
「遠雷」
その深い色が好きだ。夜の空の色には、吸い込まれそうな魅力がある。
黒でもなく青でもない。もっと奥行きのある青。何層にも折り重なった薄い青の奥に、もっと深い青が隠れている。行っても行ってもたどりつかないような静かな場所がある。そこを覆うように、少しほの明るい青が、ちらちらと姿を見せる。その深さと薄さの揺らぎが美しい。
そして、真っ黒の闇よりも軽やかに、優しく包んでくれる気がする。
「Midnight blue」
机の整理をしていると、小さな箱が目に入った。旅行のお土産に君がくれたものだ。キャラクター好きの私にと、犬のチャームが入っている。もったいなくて、箱に入れたままにしていた。
チャームのわんこが、かわいい笑顔でこちらを見ている。いつも使うペンケースに取り付けた。箱のチャームを覆っていた紙を外すと、はらりと小さなカードが落ちてきた。
「相棒にどうぞ」。
ずっと、新しいことにチャレンジしようか迷っていた。がんばってみようかな。この小さなチャームと一緒に、飛び立ってみることにした。
「君と飛び立つ」