自転車で帰っていると通り雨にあった。
ぽつぽつぽつ、と降ってきて、
とたんにざーっ、と。
「最悪。」
髪から肩からびしょ濡れだ。
ため息。
ふと違和感を感じて自転車を止めて頭上を見る。
気のせいか?
自分サイズの小さな灰色の雲が、すぐ上で自分にだけ雨を降らせている。
ガッと雲を掴むと自転車のかごに入れ、鞄を重しに載せて家まで帰った。
家に着くと、雲を掴んで、
「降らすな。」
と言って家に入った。
テーブルの上で手を離し、
「座れ。」
と言うと、
雲はテーブルの上に降りた。
雲から目が二つ覗き、こちらの様子を見ている。
俺はタオルで頭を拭きながら、お湯を沸かしはじめた。
「インスタントのコーンスープ、いらないだろ?」
いちおう聞いた。
雲は体を少し揺すって、首を横に振っているようだった。
雲はもじもじそわそわ、まるでトイレに行きたいこどものようになってきた。
「なんだ?
降らせたいのか?」
頷くように体を動かす。
チッ、と舌打ちをする俺。
「そこ。
流しの上。」
そう言って流しを指さすと、
雲はそろーっと、流しの上まで行って細かい雨を降らせ始めた。
ため息。
家の湿度が上がりそうだ。と思う。
トポポポポ
カップにお湯を注ぎ、スプーンで混ぜる。
椅子を少し流しの方に向けて座り、流しの方を見る。
「……それで?
どういう了見で俺をこんな目に遭わせた?」
「……………。」
「俺にだけ降らせやがって。」
「……………。」
「夏ならまだいい。
ちょっと涼しくなるし、すぐ乾くし。
でも今の季節はだめだ。」
俺は雲を相手に説教を始めた。
風邪を引いてしまうかもしれない。とか、
濡れたらその後どれだけめんどくさいかとか。
雲は雨を降らせながらおとなしく聞いていた。
ふうっ。
とりあえず言うだけ言って気が済んだ。
「まあ、あれだ。
お前にも役割ってもんがあるかもしれんしな。」
勝手口をカラカラと開けて、逃げるように促した。
雲はおずおずと外に出て行った。
三日後。
おれの自転車の1メートルほど後ろで、またあいつが雨を降らせている。
一体なんなんだろう。
「通り雨」
はっぱのぼうやは春に生まれて
黄緑の服を着て
風にゆられてそよそよ。
暑い夏には緑の色をこゆくして
みんなに影を作って
秋には秋には
衣装替え
おしゃれになります。
緑から黄色 黄色から赤
グラデーションで途中は色が混ざっていたり。
すっかり色変わりが終わったら
吹く風にのって踊りながら散るのです。
くるくるくるくる。
それが一番の見せ場。
もうすぐそんな秋がきます。
「秋🍁」
ガタタン…
ガタタン…
「あんたのとこはどうなの?
やってるんでしょ?
合鴨農法。」
「あー…
農薬はなあ撒かんでいいんだけどもなあ…」
「なに?」
「餌代がかかるからなあ…」
「田んぼの虫とか食べるんじゃないん?」
「それだけじゃあなくて…」
「へー…」
「肉は売れるんじゃがなあ…」
「鴨の?
あっ、売れるんだ!」
「きつねがなあ…」
「きつね!?」
「きつねが鴨を獲りにきよるからなあ…」
「!!?」
「電気柵で囲ったんよ。
それが高くついてなあ…
狐は高く跳ぶから…」
通路を挟んだ席に座る、気弱そうなおじさんと、そのおじさんと同じようなお年頃の快活なご婦人二人との会話に耳をそばだてるわたしを乗せて、電車は海沿いを走り続ける。
文明を遠ざけたら生態系が戻ってくるのかあ…
農家さんの大変な話なんだけど昔話を聞いてるみたいだなあ…
そう思いながら窓の外を見ていると、海の岩場で干し台をして、ワカメか何か、海藻を干しているおじさんを見つける。
遠くてはっきりはわからないけど、目があった気がした。
とたんにこんがり日焼けしたおじさんは、ワカメを干す手を止めて、大きく手を振った。
一瞬戸惑ったが、自分に振ってる気がしたので、こちらも手を振る。
わたしが振るとおじさんもうれしそうで、より元気に手を振る。
おじさんは電車が完全に通り過ぎるまで、手を振り続けていた。
なんだかうれしかった。
知らない人同士なのに、ちょっと仲よくなれたみたいで。
あのおじさんは電車が通る度に、目が合う人にああやっているのか、それともわたしを知ってる誰かと間違えていたり?
それとももしかするとわたしの席の側に他に手を振っている人がいたり?
電車はガラガラだからたぶんわたしだとは思うんだけど…
とある田舎の電車の中と外。
あの電車にはしばらく乗っていないけど
堅実に生きてる人たちの美しさよ。
みんなずっと元気でいてほしい。
「窓から見える景色」
『起きて。朝ですよ。』
『はい。ご飯。できましたよ。』
『ここ、髪、はねてますよ。』
『晩ごはん、なにか食べたいものあります?』
『今日は帰るのどれくらいになります?』
『いってらっしゃい。気をつけて。』
わたしの目の前で動き続ける、思い出の残像。
「形の無いもの」
水色のジャングルジムのてっぺんから逆さまにぶら下がる。
男の子がやっててやりたかったんだよね。
水色の格子の向こうに金色の夕日。
空と地面が逆さになって
きれいだし、重力から自由になった気がして
バンザイして
気分よくなって
なんだか足もまっすぐにしてもいいような気がしてきちゃって…
おっきなたんこぶできた。
「ジャングルジム」