フンフンフン。
ほっとけーきを焼きますよー。
じゅわー ぷちぷち
ぽこぽこぷつぷつなってきたから
そろそろひっくり返しますか。
きんちょーの瞬間
いっくよー。
そりゃっ。
うまくいった。うまくいった。
おなかがすいちゃういいにおい。
焼きあがったらブルーベリージャムをのせてたべましょねー。
「裏返し」
アメリカンチェリーをひとつつまんでぷらぷらさせる。
きみは側まできてぱくっと食いつく。
なんでしょね。これは。
でっかい鳥か。翼竜か。
うまい具合に茎からぷちっともぎ取って。
もぐもぐと。
たねは流しにぺっ、ですか。
そしてまたおねだりですか。
そういえば昔読んだわたせせいぞうのお話に、さくらんぼがすきな九官鳥が出てきました。
さくらんぼをついばんでは
「しあわせー。」
と言うのです。
きみきみ、それぐらい言ってみたらどうなのかね。
「鳥のように」
あなたのお顔の横に白いカーネーションを置きます。
あなたのお顔の横にうすむらさきのトルコキキョウを置きます。
あなたの腕の横に水色のデルフィニウムを置きます。
あなたの腕の横に桃色のスイートピーを置きます。
すっかり色とりどりの花に囲まれて、あなたは行きます。
さようなら。
「さよならを言う前に」
きょうの空模様…
くもり!
朝から雲だらけでー
夕方には雨がほんの少し
ぱらぱらっと
降りました。
薄紫だったり薄青だったりする雲が上空に立ちこめててー
端の方からは光が差してました。
もう夕方だから、そっちのあたりの雲はクリーム色や桃色に染まってました。
汗ばむけどエアコン切れるくらいの気温になってて、雨粒で少しばかり冷やされた風が気持ちよかったです。
そんな中、まっすぐな道を、わたしは走りました。
「空模様」
ふうっ。
学校のトイレの鏡の前でため息をひとつついて、咲苗は前髪を整えた。
鏡の中の自分の眉毛が片方だけぴくっ、と動いた気がした。
え?
見ていると、
ぷふふっ。
鏡の中の自分が吹き出した。
「ふふふ、ごめんごめん。
あー、やっちゃった。」
「………。」
「そんなに驚かないでよ。
動かないだけでいつもこっちから見てるんだから。
そんなに特別なことじゃないって。」
「………。」
「ねえ、代わってあげようか?」
鏡の中の自分が明るい声で言った。
「えっ………」
「クラリネット、うまく吹けないんでしょ?」
「そうだけど…………
あなた、できるの?」
「さあ。
あくまでわたしはあなただからね。
あなたの力しか持ってないからわかんないわね。
ただ、あなたがしんどい思いで練習していなくてもよくなるわよ。」
「そんなことしてたらわたしどんどんへたくそになるだけじゃない……。」
「それはわたしのがんばり次第ね。
あなたががんばったらわたしの能力が上がるように、わたしががんばったらあなたの能力も上がるのよ。わたしとあなたはおんなじなんだから。」
「………。」
「疲れてるんでしょ。一回試してみたら?」
「………じゃあ………
ちょっとだけ………。」
そう言って鏡の中の自分の言うまま手を合わせた。
「じゃ、行ってくるね!
終わったらちゃんと戻ってくるから心配しないで!」
鏡の中で手を振りながら、ほんとに戻ってくるのかしら。来なかったらどうしよう。と不安になった。
部活が終わった頃、ちゃんと自分が帰ってきた。
「あー。楽しかった。
いつもガラスに映ってたりはするけど、やっぱり生身でするのはいいものよねー。
はいっ。」
そう言って鏡に手を当ててきた。
わたしはあっさりと元に戻れた。
それからわたしは時々鏡の中の自分と入れ代わるようになった。
大変なことをしなくていいし、鏡の中の自分に任せておくと、最近やる気が出てる。とか、生き生きしてる。とか、うまくいっていなくても評判がよくなったし、彼女はたしかに真面目に取り組んでくれているようで、自分がその場にいるより何事も伸びがよくなるようだった。
テストの後だった。
緊張が嫌でその日は一日入れ代わっていた。
「あ、おかえりー。お疲れ様。」
「………。」
「?どうしたの?」
「………あのさあ……
戻る必要って、あるかな………」
「えっ…
何言ってんの?」
「咲苗、ほんとに戻りたい?」
「…………。」
そう言われて、わたしは何も言えなくなった。
嫌なことをぜんぶ鏡に押し付けて、すぐ逃げていた自分。
なんでも楽しそうにこなしていた彼女。
その日からわたしは鏡になって
彼女がわたしになった。
「鏡」