sunao

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8/15/2024, 1:41:57 AM

「きゅうり馬にナス牛…」

死んだ人はきゅうりの馬に乗って帰ってきて、ナスの牛でまた行っちゃうんだって。
ぼくはその隣にロードバイクのミニチュアを置いた。
だってこれってちょっとダサいよ。
それに祐介おじさんならこれが一番早いはず。

アンダルシアの光を浴びて、ピタピタスーツで白い歯を見せてるおじさんの遺影。

帰ってくるのはこれでいいとして、戻る時には何にするかな。
行きは早くて帰りがゆっくりならやっぱりナス牛か。
帰りには自転車は隠しておこう。

「ね、おじさん。」




「自転車に乗って」

8/13/2024, 6:53:15 PM

「つまらないことでもないよ。」

アイスコーヒーに刺さったストローを触りながら田崎は言った。


カランカラン。

入り口の鐘の音が鳴った。

「いらっしゃいませー。」

田崎をちらりと気にしながら麻実が言った。

さっきの言葉は
毎日この店に何をするでもなく律儀に来る田崎に、話の流れで
「わたしは田崎さんのお顔が見れてうれしいですよ。田崎さんには特になんということもないつまらないことなのでしょうけど。」
と言ったのの返しだった。

太陽を浴びて育った豆の香りが店内に立ちこめる。
今来た客への一杯を入れる。

物静かだけど誠実で、いつもやわらかい表情と声で接してくれる田崎のことをすきになるのなんて、たぶん最初から決まっていた。

なんてことない田崎の一言一言で、麻実の頭の中は蝶よ花よとファンファーレを起こしてしまう。

この恋が上手くいかなくたっていい。
ただ今はこの時間を大事にしていたい。
この恋に終点は来るのだろうか。
来るとしたら気持ちを打ち明けてしまった時なのだろう。


仕事が終わり、お店の裏口から出て麻実は
麦わら帽子を被った。
彼女の夏のトレードマークみたいなもの。
喫茶店に勤めているのもそうなのだが、麻実は芳ばしい香りがするものがすきだ。
麦わら帽子の香りは彼女にとって気持ちの落ち着くもので、夏の香りと言うべきものだ。

少しばかりその夏に浸っていると、2階の事務所の窓から鼻歌が聞こえてきた。
今度はしばしすきな人の奏でる音楽に身を浸す。

「あっ、今帰り?」

2階の窓から田崎がひょこりと顔を出した。

「はっ、はいっ。そう…です…。」

帽子を押さえながら上を見上げて麻実が答えた。

「お疲れ様。」

そう言って田崎はやわらかく微笑んで、
窓際の小さな観葉植物に水をあげはじめた。
さっきよりも鼻歌のボリュームを落として。

麻実も水を注がれるその植物のように、葉脈の隅々まで、心が健康に充ち満ちるような気持ちになるのだった。



50作突破記念
「心の健康」

7/15 20作 7/27 30作 8/4 40作 突破記念の続き。
これまでのタイトルを並べて繋げたもの。
内容は続いていない。
◯作突破記念とか言っているがあくまで目安でけっこうてきとうに発動。
反応に関係なく自分が楽しいのでやってる企画。
インターバル的なもの。

8/12/2024, 4:28:56 PM

ザトウクジラは3頭で世界一周できるくらい、遠くまで音を伝えることができる。

そして彼らは歌を歌う。

広い広い海にひとりぼっちでいる鯨たちが、きっと遠く遠くの別の鯨に自分はここだよって伝えてるんだよね。
それでひとりぼっちでいるようでひとりぼっちじゃないことを確認し合っているんだろう。

誰かが新しい歌を作ったら遠く離れた他の鯨もその歌を歌い出すんだって。

この水の惑星は、見えないし聞こえないけど、そんな鯨の歌声に包まれながら回ってるんだね。



「君の奏でる音楽」

8/11/2024, 7:12:57 PM

草むらに寝っ転がって顔に麦わら帽子をのせる。
日差しが眩しいからだけど
そのインスタントにできあがった薄暗がりの世界に
隙間から漏れる光と景色
い草みたいな芳ばしい香り
麦わら帽子の外と中で世界は確実に分けられている。
その小宇宙の中でわたしはひっそり息をしているのだった。



「麦わら帽子」

8/11/2024, 12:12:23 AM

「お客さん、終点です。」

車掌に揺すられ、目を覚ました。
しまった!寝過ごした!

終電の終点……なんてこった………
ホームからは辺りに灯りは一つも見えない…
無人駅じゃないだろうか。

空を見上げると紺碧の空にたくさんの小さな星たち。涼しい風がさあっと柔らかく吹いた。

もういいや。心地いい気温だしここで寝てしまおう。
まだ眠たかったおれはホームのベンチに横になった。

十分ほどした頃だろうか

タタタン…タタタン…

電車?
終電だったはずなのに
整備用の車両とか?

思っていると
青い一両だけの電車が目の前に止まった。

中にはお客のような人影も数名見える。
ええい!ままよ!
おれは吸い込まれるように電車に乗った。

タタタン…タタタン…

電車はおれの行きたい方向と逆に進んだ。
なんだよ。
まだ先があるのかよ。

おれはたいそうがっかりして
もういいや。
と電車のリズムに身を任せることにした。



目が覚めるとおれは自宅の布団の中にいた。

あれは夢だった?

不思議な気持ちで仕事をしながら時折小首を傾げていたら、先輩が
「どうした?」
と声をかけてきたので昨晩から今朝のことについて話してみた。

「はっはっは。
 お前、化かされたな!」
若いのになんて古風な。
「狐とか狸ってことですか?
 それはないですって。
 たぶん寝ぼけてたんですよ。」
「いやいや、
 おれ、あそこの鉄道に知り合いがいるんだけど、出るらしいよ。その駅。」
「狸?ですか?」
「そうそう。
 それでおんなじこと言う客がけっこういるらしい。
 まあ、いつもってわけじゃなく気まぐれらしいから、運がよかったな!」
「狸………」
親切な狸がいたもんだ。
確かにあの景色じゃ(昼は一面田んぼとか?)狸はいるだろうけど。
ホームで寝てる人間が気になるのか。
邪魔なのか。
心配なのか。
それともいたずら心で驚かせたいのか。
そんな狸のことをぼーっと考えながら、なんかお礼をしたいと思うのだった。



「終点」

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