お題『愛を注いで』
その瞬間はすぐそこにある。
寒い日、あの子が暖かい紅茶を淹れてくれること。
苗字と顔しか分からない誰かが、冷たい水を注いでくれること。
お家のあの人がお味噌汁をよそってくれること。
それは、きっと全部、あなたへの小さな愛。
あなたの体に入る物が、愛情の籠った素晴らしい贈り物でありますようにと願われた、ひとつの儀式だ。
あなたはその最後に、仕上げをする。
「ありがとう」と、告げるのだ。
そうすることで、その儀式は効能を増す。あなたがどう仕上げるかで、その儀式は、幾らだって愛情が含まれた素敵なものになる。
お題『心と心』
心と心を繋ぐものはなんだろう。
言葉や文字だと思う。もちろんほかの要因も大いにある。身振り手振りもあるだろう。表情もあるだろう。
でも、そうしたら、今のインターネットでの繋がりは、心の繋がりでは無いというのだろうか。
心の繋がりは見えない。繋がったかどうかだって、ハッキリしたものじゃない。顔が見えていたって、本当に繋がりあえたかは分からない。
何人も、それで繋がりを絶った人がいる。
繋がったと思ったら、糸では無く、綱や鎖だったり。逆も然りだ。
私たちは心と心を繋ぐのが上手くない。
一方的に、繋がりたいと言って相手の手首にぎっちりそれを結びつけたとて、それは繋がったことにならない。
だから、繋がるために、ゆっくり時間をかけて、言葉を交わすのだと思う。
あなたと、私が、少しでも、似たような素材で、相手を縛らずに繋がるために。
長らく言葉を交わさずとも、どちらかがいつか声をかけた時、
まだあるよ。と、相手が微笑みを湛えながら、糸を見せてくれるように。
お題『なんでもないフリ』
私たちはみんな、嘘をつく。良くも悪くも、何か嘘を。
日常的に、大丈夫なフリをする人が多いと思う。
とても嫌な気持ちになったけど、「いいよ」と笑う。
とても傷ついたけど、「平気」と首を横に振る。
とても疲れているけど「わかった」と縦に頷く。
とてもやりたくないけど、「頑張る」と腕を捲る。
全部大丈夫じゃないし、逃げたいし、関わりたくない。
それでも頑張ろう、やろう、許そうと思えるのは、きっと優しいから。
お題『仲間』
仲間、という存在をあまり意識したことがない。
団体戦の何かを熱心にしてこなかったこともある。私は皆と同じ位の歩幅で歩くのが苦手なのもある。
ぱっと思いつくイメージは、少年の心を持つ人が好みそうなスポーツ漫画。何か一つの目標に向かって、みんなでそこへ走る。たまに手を引っ張ったりしながら、同じか、それ以上の熱量で。それが仲間のイメージに近いのでは無いだろうか。
でも、皆それぞれ、向かいたい方向があって、歩幅も違う。それも仲間なんじゃないかと思う。
じゃあ、何が共通していると、仲間と呼び合えるんだろうか。
目標だろうか、と足りない頭で考えた。
大まかに、どんな理由であれ何か一つ共通する思いやものがあれば、仲間なのではないかと思う。
でも、受験生はみんな仲間…なのだろうか。
仲間であり、対戦相手なのでは無いだろうか?それだと、仲間と呼んでいいのだろうか…。少し難しい気がする。
お題『手を繋いで』
「何、この手。」
「手だよ、手。」
「見たらわかるよ…。」
乾燥していない、細くて綺麗な手を差し出される。その手に、自分の手を乗せろというのか?
「なんで手を差し出したの、って聞いてる。」
ほぼ察しがついていながらも、改めて問いを言葉にした。自分の想像するその手の意味が正しいのか、答え合わせをしたかったからだ。
「手を繋ごう、って」
「なんで!」
意味分かんないよ!と言いつつ、まだその手に手を乗せる勇気がなかった。意味は合っていたようなのだが、いい大人に、いい大人が手を繋ごうだなんて、ちょっと…むず痒い。
しかも、恋人でもなんでもないのに。
「はぐれてしまいそうだから。」
「そんなにぽやぽやしてないよ。」
もう、とため息をついて歩き出す。それから、ふいっと顔を逸らして歩く。
「じゃあ、滑りそうだから。」
「じゃあってなんだよ…。大丈夫だって。」
相手をほぼ置き去りのような形で早足になりながら、舗装された道を歩く。ショーウィンドウや街灯、街路樹で灯るイルミネーションからこぼれて落ちた光がきらきら反射している。
少し拗ねた声色がした。
「わかんないかなあ。私が繋ぎたいの。」
「ええ?きみが?」
いつの間にか隣に来ていたその人へ目をやると、相手は目を細めてこちらを見つめていた。自分の知る限り、この人はそういう感じの人じゃない。意外すぎる誘い方に、少し驚きながら聞く。
「手慰みに。付き合ってくれる?」
そう言われたら、なんだか魅力的な手に見えてくる。しかし、なんだかこちらから手を伸ばすのは悔しくて、私も手を差し伸べた。
花弁が乗るのを、手で掬うように。手が乗りやすいであろう高さへ、掌を向ける。
「きみが手を差し伸べてよ。」
ふ、と笑みがこぼれるのも隠さずに相手の目を射抜く。相手は目を見開いて自分の手を見つめてから、直ぐにふは、と笑いをこぼした。
「そういう所が好きだよ。」
きゅ、と綺麗な手が乗る。自分も壊れ物を扱うように手を握り返した。少し冷たい。
「きみに転がされるのは癪。」
そうコメントを返せば、くく、と相手は喉の奥で笑った。