お題『落ちていく』
とぽん、と音がする。紅茶にミルクを入れるその瞬間が好きだ。
ぶわりとひろがって、紅を柔らかい色にしてくれる。
何だかそれは、最初は全く色の違う集団の中で、時間をかけて、少しずつ馴染んでいくような。人との交流を感じることがある。それが、柔らかな色へ染まるのか、紅が強いままなのかは、時と場合によるだろう。
ただ入れれば良いというものでは無い。攪拌する作業だって必要だし、入れる前に、どんな紅茶なら自分のものと合うか、と考えることも必要だ。
お題『夫婦』
今のあなたよりも若いとき、約束をしました。
お互いの左手の薬指に、約束を。
あなたが健康でありますように。幸福でありますように。
あなたが悲しい時、そばに居て、温かな美味しいものを一緒に食べて、あなたが笑ってくれる話をしましょう。あなたが好きなことを共にしましょう。
あなたが楽しい時、それを邪魔しないように、そっと隣で見つめています。たまにこちらを向いてくれたら、嬉しいです。
あなたが何かに挑戦する時、それを「やってみたら」と応援したい。
あなたが怒る時、膝を突合せて、きちんと話しましょう。お互い、相手の話を一度全て飲み込んでから、じっくり考えて。
これから先もずっとでは無いかもしれないけれど
少なくとも、どんなあなたでも、隣で時間を過ごしたいと思ったから、結婚したのです。
お題『どうすればいいの?』
口からたらり、と垂れた。
どうしようも無くて、もがいても掴むのは空気で。
心がしぼむ。
いつの間にか、私は一寸先すら見えない闇の中へ辿り着いてしまっていたことに気付いた。
周りを見渡せば、遠くにうっすら人が見える。しかし彼等は、どの人も、その人なりに頑張っているように見える。きっと彼らも手一杯だろう。彼らに声をかけるのは申し訳なく思えて、口を噤んだ。
助けて、ねえ、助言して。
そう言いたい気持ちを堪えた。
手を伸ばすのを躊躇った。
ふと、影ができたことに気付いた。隣を見遣れば、君がいた。
君は、撫でるような笑顔で、どうしたの。と問う。その手にはカンテラが揺れていた。
口を開けないでいれば、君が深呼吸をする。片目でこちらを見るから、私もつられて、深呼吸した。
それから、君は「少し眩しいかも。」と呟く。
「ゆっくり、見てみて」
君がそう言うから、一度目を閉じて、自分の爪先から、ゆっくり前を見た。
カンテラに照らされて、周りがよく見えた。
足の先には、芝生が広がっていた。柔らかそうで、寝転がったら心地の良さそうな。
すぐそこに、ベンチがある。公園、のような。目を凝らせば、遊具もある。他には?と空を見上げる。
星々をかき分けて、邪魔をしないように静かに泳ぐ飛行機がいた。気持ちが良さそうだ。
口を開けてそれらを見ていると、思わず、口角が上がる。私のまわりには、こんなに素敵なもので溢れていた。
そして、零れたのだ。
「どうすればいいの?」
それを聞いてから、君は歯を見せて笑った。
「どうとでもしちゃおう!」
お題『宝物』
世界で唯一無二のもの。
誰に聞いたって、それは自分以外が説明できない。
自分だけが、鍵を無くしても、その中身を知っている筈だ。
どんなことに踊るのか。どんなことに騒ぐのか。
どんなことで痛むのか。どんなことを許すのか。
その宝物はいつだって、自分だけのもので、法律でさえ侵せない。
そしてそれは、自分が残し愛したもの、愛した人の中で、微かに息をする。
何年も、何百年も、下手したら、何千年も。
どんなに時を経ても、その宝物の専門家は自分だけだ。それは孤独でたまらない。誰かに話したくなる。
しかし、誰かが自分の説明で、少しだけ、理解を示してくれるときもある。
その時は、ちょっと悔しくなるけど、嬉しくなるね。
お題『キャンドル』
真っ暗な宇宙に放り出されたような部屋。
まろやかな霧が、時を止めるように固められた蝋。ほんのり、クリーム色のそれが、テーブルに居座っていた。
君に魔法をかけてあげる。
しゅっ、と小気味のいい音と感触がして
じゅわわ、と音を立てながら、一つの星が爆発する時みたいに、木の棒の先端が眩く光った。
慎重に、しかし早く灯れ、と急かしながら真っ白な芯へと火を近づける。
静かにその光は、芯へと居場所を移した。
魔法の木の棒へと風を送れば、星がひとつ消えるように、ふっと静かに息を潜めた。
小さな灯りは、頼りなさげに、しかし確かに、私の顔を暴き立てる。
きみはどんな形?きみの大きさは?きみの好きな形は何?きみは今どんな顔?どこを向いてるの?
さあ、息を吸って。ありのままに、答えて。沈黙もまた、答え。
きみは今、どんな気持ち?