ときどき後悔することがある。もし、好きなことをやらずに健康に生きていれば、もっと長生き出きていたのだろうか。
でも、私は思う。体の健康を気にして生きた私と、心の健康を優先した私。幸せなのは、圧倒的に後者で、今の私だ。幸せ者。私は、頭の中のいろんな私のなかで、一番の幸せ者だ。
ぼくには、忘れられないものがある。所々ポロポロという音をたてながら弾き語る、君の姿。歌声は好きだが、ギターの音はまるでダメ。おもちゃのギターでも、まだましな音を奏でるだろう。
でも、ぼくは君の弾き語りが好きだった。苦しい夜に、側でただ歌ってくれる君が好きだった。
耳障りなはずなのに、どうでもいいはずなのに、君の奏でる音が未だに忘れられない。
潮風に触れ、日に焼けた頬がぴりぴりと痛む。松の木陰でぼくを見上げる少女に、ゆっくりと目線を合わせた。
「一人なの、迷子かな?」細く小柄な少女が、足を伸ばしぼくに問う。失礼な、ぼくは大人だぞ君と違って。そんな文句がでかかりつつも、ぼくは微笑んだ。
「どうして?大丈夫だよ、ぼくは大人だからね。心配ありがとう。」ぼくが手を振り帰ろうとすると、少女がこちらに手を伸ばした。
「ん。これ、あげるよ。」小さな掌には、透き通った青の貝殻があった。
「え、ありがとう。綺麗だね。」
「うん。ねえ、お兄さんはさ、海に戻りたいんでしょ。だから海色の貝なの。」
「え?」少女の言葉に、手に握った貝殻を見る。所々虹色に輝き、冷たい青はたしかに海をおもわせる。
「だってお兄さん、毎日見てるじゃん。戻りたいんでしょ、お兄さんのお家に。」
「お家? いや、ぼくの家はこんなとこじゃ。」
「じゃあ、どんなところ?」
「それは! あれ、えっと。」言葉に詰まってしまった。ぼくの家は、居場所は、一体どこであっただろうか。
「私のお家はね、ここなの。」少女は、地面に置いていた大きな麦わら帽子を手に取り、深くかぶる。
「これ、お父さんのなの。もう、お母さんもお父さんもいないけど。でもね、私も、お父さんも、お母さんも、みんなこの帽子がお家なの。ここが、私達の帰る場所。」
御盆の海は、やけに静かで、美しかった。ただ、絶え間なくなり続ける波の音の中に、少女と青年の声だけが聞こえていた。
人生の終点は死か、否。夢の実現か、否。では、愛する人に出会うことか、否。
私たち人間の終点は"生まれた意味"を知ることである。
上手くいかなくたっていい。不器用でも、下手くそでも、夢と現実がすれ違っても。
生きていれば、何度だってやり直せる。