「光と霧の狭間で」
長く降り続いた雨にも終わりが来たようで。
外から聞こえる雨音が弱まっていくのを感じた。
もうすぐ雨も止むだろう。
山間のこの場所は、激しい雨が降ると深い霧が立ち込める。もれなく今日もそんな日で、窓を覗くと家のすぐ側の電柱でさえも、霞んで見える。
目線を更に下に移す。水溜まりは、先程までは波紋が打ち消し合うように波打っていたが、水面が静かに灰色がかった曇り空をうつしている。
いそいそと、身支度を整える。
予報ではもう雨は降らないはずだが、念の為折り畳み傘も準備しておこう。
玄関を開けると、生ぬるい空気と湿気が身体にまとわりつくようで、不快感に少しばかり眉をひそめた。
先程窓の外を眺めてから15分程度しか経っていないが、雨はすっかり止んでいる。
立ち込める霧も直になくなるだろう。
空を見上げると、灰色の空からは太陽の光がまばらに差し込んでいる。足元の水溜まりも、光を反射している。
薄ら見つつある霧と差し込む光、これから晴れることを予感させるようにキラキラとした水溜まりは、どことなく神秘的に思えた。
未だまとわりつく湿気た空気の不快感と神聖さを感じさせる目の前の光景の落差が少しの気持ち悪さも感じる。
「消えた星図」
夜のベランダ、ぼうっと空を眺める。
新月の今日は、点々とした星がいつもより輝いて見えた。
星座の形なんて、オリオン座ぐらいしか分からない。
秋口の夜空に、自分のわかる星座は目当たらなかったが、適当に分かりやすい星同士を繋げ合わせ、何座と命名しようかと想像を巡らせていた。
不意に昔のことを思い出した。
小学生時代の理科の教科書には、星図がついていた。
色んな星座の形、名前がのっていたが、形と名前が結びつかなかったことをよく覚えている。
夏の夜に、幼馴染と共に星図と空を見比べて見たが、これまた見方も分からず、星座も見つからずで、トンチンカンだった思い出がある。
つまらないな、と思っていた私に、2人だけの星座を作ろうと持ちかけてきたのはその幼馴染だった。
まずは空を見て、1番光っている星を起点に、次に光っている星を結びつける。
後は適当に2人であれこれ言いながら、オリジナルの星座というものを考えた。
これまた白熱したもので、こっちの方がそれっぽいだの、あっちの方が光っているなどワイワイと空を指さして騒いでいた。
そして決めた星座を、星図にマジックペンで書き込んだ。これまた製図の見方もわからないものだから、適当に形に合う星と星を繋げて線を引き、名前をかいた。
こうしてオリジナルの星座と星図を作り上げた時の達成感は、いまでもよく覚えている。
夜空を見上げながら、指をのばす。
「確か、あれとアレを結び合わせたら...」
と昔の記憶をこじ開けながら、あの時考えた星座をなぞる。記憶通りの場所にあったはずの星がなかったり、あの時よりも視力が落ちたのか、それとも周囲が明るなったのか。
答え合わせをしようにも、あの時の星図はどこかにいってしまった。
「LaLaLa Goodbey」
「答えは、まだ」
「─────って聞いてる?」
ハッとして顔を上げると、友人がストローでアイスコーヒーをクルクルと混ぜながら、眉をひそめてこちらを見ていた。
カラコロとグラスと氷がぶつかる音が耳を抜ける。
「ご、ごめん。ちょっとぼーっとしてて。」
「も〜、大丈夫?」
怪訝そうな顔から、心配そうに私を覗き込む顔に変わる。
「ちょっと寝不足、かな?大丈夫だよ。」
「また夜ふかし?程々にね。」
今度は呆れ顔に変わった友人を眺める。
付き合いが長いだけあって、私の夜ふかし癖もよく知られている。
最近はいっそう酷く、寝つきが悪い。
こうしてぼうっとしてしまう時が増えた。
「もう二度は言わないよっ!
あの時の返事 私、待ってるからね。じゃあ...」
と言いながら友人は席を立ち、去ってしまった。
切なげな笑みがらしくなくて、彼女の背中をいつまでも眺めてしまった。
あの時の返事を、今も尚できないままだ。
何が正解なのか、自分は一体どう思っているのか、
未だに自分の中で答えを出せないでいる。
近頃の寝不足の要因は正にこの問題だった。
「眩しくて」
カシャッとカーテンレールの開く音と共に、眩しい光が襲う。
先程で暗闇の世界で気持ちよく眠っていたところ、叩き起されるように、強い光に襲われた。
元々閉じられていた目が、さらにギュッと寄せる。
目を閉じていても、痛いくらいだ。
布団の中から、未だに重い腕を引っ張り出し、光から目を覆うように手のひらをもってくる。
ゆっくりと、目を開く。
指の隙間から漏れる光と共に、カーテンを開ける君の姿が見える。
「おはよう!」
威勢のいい声に思わずため息がでた。
「はぁ、おはよう。」
段々と光にも慣れてきて、手をどける。
窓の前、陽の光を浴びながら深呼吸している姿をボーッと眺める。
視線に気がついたのか、こちらをみてニコリと笑った。
「目、覚めたでしょ?」
「ほんとうに、眠気も飛んだよ。」
背に陽の光を携えて、こちらに微笑む笑顔の方が、朝日より何倍も眩しくうつった。