「あ、はい!行きます!」
思わず返事してしまった。
ぼーっとスマホを眺めていたら、
『その映画、今日見に行きなさい』
ハッキリ声が聞こえた。
スマホを持つその手の形のまま、時間を調べると次の回は16時5分、ちょうど1時間後だ…間に合う。
後々のこと考えたらとても映画なんて行けないけど、とりあえず声の通りに行動してみます。
スケジュール帳を買うと、いつも日記帳になってしまう。小さなマスに箇条書きでぎっしり。しかも全く読み返さない。書き散らかしておしまい。
そう思って日記帳を買ってみる。
後になって読み返したら「あれが人生の転換点だったのか」とか分かるような、イイ感じの日記をイメージして始めるけど、本当に三日で終わってしまう。
ほぼ空白の日記帳が溜まっていく。
10年前の今日のページを開いてみる。
もちろん空白、何も書いてない。
2013年8月27日、この日私は何してた?
全く思い出せない。
じゃあ目を閉じて、思い出そうとしてみて。
ええと、そうだそうだ。
あの頃は◯◯の時期だった。重くて固い空気感。ベランダで洗濯物干してる。
あ、こっち見た。なんて表情してるの。
おーい!心配しなくて大丈夫だよ。
それ、だんだん薄くなるから。
笑って!とりあえずニコッとして見せて。
…あ、そうか。
最近聞こえるこの声は、
そういうことか。
フフ。
今日も無事に目が醒めた。
ちゃんと動いておめでとう
今日もきっと、
目で見て鼻で嗅いで耳で聞いて
口で話して味わって
足で移動して手で触れられる。
すごいな
そろそろこの実体と、
この感覚を
重ねてみよう
面白そうね
こうして
長い間向かい合わせだった心と体は
寸分のズレもなく重なって、
一人の人間に成りました。
誕生日おめでとう、私。
今、どんな気持ち?
やるせない気持ち。
やるせないってどんな感じ?
あんまりよくないかな。
どう?このままでいたい?
いたくない。
じゃあ変える?
変える。
変えていいか自分に聞いてみて。
…変えていいですか。。
なんて返事した?
いいって、言ったような気もする。
ならお別れしよう。やるせないに挨拶して。
さよなら、やるせない。バイバイ。
なぜか凧が好きで、父とよく河川敷に上げに行っていた。
私の凧はビニール製の三角形で、黒い縁取りの眼が描かれた、当時大流行したものだった。
父はそれに本格的な回転式の糸巻きを取り付けていた。
私はその大きな糸巻きを持って、凧が風に乗るまで毎回大はしゃぎで河川敷を走り回った。
そのくせ糸が勢いよくほどけ、凧がグングン上がり始めるとすぐに
「怖い!もうやめる!」と音を立てて激しく回転し続ける糸巻きを父に押しつけていた。
晴れた冬の河川敷、父と並んで凧を見上げている。
さっきまで両腕に抱えていた凧は、今ではかすかな点になり、父の指先から延びる一本の糸で空に繋がっている。
青空がグイグイひっぱって来る。
強風で糸が大きくたわむ。
踏ん張っていないと糸巻きごと持っていかれそうだ。
上空で、轟音と共に8の字を描きながら風に乗っている凧の姿が頭に浮かぶ。
こちらを見つめる血走った目。
二人ともこっちへ来い。
…お父さん怖い!
ねえ、ここって河川敷じゃなくてさ、ホントは海の中なんじゃない?
だとしたらあの凧、空じゃなくて海面に浮かんで行ったんだよ、きっと。
ここはさ、ほんとは陸じゃなくて海の底なの。この糸がぜーんぶ無くなるより、もっともっと深い海の底なの。
ホントの本物の世界はさ、海の上にあるんだよ!お父さん、ねえ聞いてる?
父はいつもの鼻歌を歌いながら
「そんじゃ帰るかあ、竜宮城になあ。」
と言った。