saku

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なぜか凧が好きで、父とよく河川敷に上げに行っていた。
私の凧はビニール製の三角形で、黒い縁取りの眼が描かれた、当時大流行したものだった。
父はそれに本格的な回転式の糸巻きを取り付けていた。
私はその大きな糸巻きを持って、凧が風に乗るまで毎回大はしゃぎで河川敷を走り回った。

そのくせ糸が勢いよくほどけ、凧がグングン上がり始めるとすぐに
「怖い!もうやめる!」と音を立てて激しく回転し続ける糸巻きを父に押しつけていた。

晴れた冬の河川敷、父と並んで凧を見上げている。
さっきまで両腕に抱えていた凧は、今ではかすかな点になり、父の指先から延びる一本の糸で空に繋がっている。

青空がグイグイひっぱって来る。
強風で糸が大きくたわむ。
踏ん張っていないと糸巻きごと持っていかれそうだ。
上空で、轟音と共に8の字を描きながら風に乗っている凧の姿が頭に浮かぶ。
こちらを見つめる血走った目。
二人ともこっちへ来い。
…お父さん怖い!

ねえ、ここって河川敷じゃなくてさ、ホントは海の中なんじゃない?
だとしたらあの凧、空じゃなくて海面に浮かんで行ったんだよ、きっと。
ここはさ、ほんとは陸じゃなくて海の底なの。この糸がぜーんぶ無くなるより、もっともっと深い海の底なの。
ホントの本物の世界はさ、海の上にあるんだよ!お父さん、ねえ聞いてる?

父はいつもの鼻歌を歌いながら
「そんじゃ帰るかあ、竜宮城になあ。」
と言った。


8/24/2023, 12:13:53 AM