これはどうにもできない、投げ出してしまいたいようなスッキリできない気持ち。
その日目の前の貴方は笑って言った。
-ごめんね。でもいつまでたってもこの気持ちは変わらない。大好きだよ!-
約束したわけじゃない。心にも無く書類で結ばれたわけでもない。
ただ貴方を愛した。見返りは無いけれど、貴方の望む物、好きな物、全て手に入れてお金と引き換えの愛を手に入れようとした。
いつも、
-貰ってばかりで申し訳無い-
なんて言うけど、ホワイトデーにはたっぷりのご褒美をくれる。時々くれる手紙には、感謝と愛と優しさを詰めてくれて、そんな貴方を愛してしまった。
運命の日。私は貴方の目の前で話を聞いていた。紡がれていく言葉には、今の幸せな気持ち。笑顔で、突然ごめんね、なんて言う貴方に迷いの色はなくて、聞けば聞くほど涙が溢れてきた、素直に祝う人、おめでとうって言いつつ涙が隠せていない人。
様々な人がいる中で私はただ1人、くしゃくしゃになった感情を拾い集めながら、貴方を見つけた日の事や、共に一喜一憂した日々を思い出す。
私の涙は綺麗なのか嫉妬に汚れているのか、隣にいる人の顔も見えなくて、どんどんぼやけていく視界の中で、大声で叫んだ。
「結婚おめでとう!これからも応援するよ!」
-きっとアイドルの貴方はいつまでたっても変わらないと思うから-
嬉しそうにはにかむ彼に、私は弾けるようにしゃがみ込んだ。
「アイツを始末しろ」
今まで色んな人間に仕えてきた。社会のウラにもオモテにも、数え切れないほど触れてきた。
都合の良い解釈で伝えられて、当たり前の様に“命令”をこなしてきたけれど、結局はお人形だ。
自分では考えない、リードされないと動けない操り人形。
用済みになれば、次に“回される”。ずっとこんな生活が続くんだと思っていた。
自分の意思なんて知らないから。
この世に生を受けてから、これが楽な生き方だから。
「次の祝賀パーティーでアイツのワインにこれを仕込むんだ。」
沢山の絵に囲まれ、絵の具やら、鉛筆やら、とにかくカラフルな主人の部屋。その真ん中で、比較的仕込みやすい薬を渡される。
「はい。御主人様。」
待ち侘びたその日。
メインホールで私は踊っていた。
-アイツはお前のような女を好む。所詮女好きだからな。大人しく座っていろ。勝手に罠に嵌りに来る。-
男は腰に手を置いて、囁いた。
「貴方は人形のようだ。私の芸術は何も絵だけではない。君のような完成品を更に飾ってあげよう。このような姑息な真似をするのは、きっとあの俗物だろ?
君の失踪をもって教えてあげよう。どれだけ姑息な真似をしようと、私の芸術は不滅だと。」
洗脳ではなかった。初めての自分の意思。愛される人形に、その願いを持ち、叶えて貰える。
「貴方様の為でしたら、私はいつまでも踊りましょう。御主人様。」
黄昏時の気分は人それぞれだ。
個人個人の事は計れないけれど、例えば幼い頃は、俗に言う“難しい事”は考えないで、友人と遊ぶ事だったり、その日の夕飯の事を考えている。
私もそうだった。
未来に漠然とした不安を感じたり、明日が怖いとか一切考えていなかった。
すれ違う小学生が羨ましいと、よく言われていた大人の言葉が痛いほどよく分かる。
人生が苦しいと理解したのは、まだまだ最近のことだけれど、此処で“私”は停まってしまうんだと、恐怖を感じる。
私には“現在”が人生のどん底に感じてしまう…