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10/16/2025, 5:48:37 PM

「お母様から頂いた大切なものなんだ」
 星々が少年の瞳に映る。その光景がまるで、「お母様から頂いた」星図の様で、気づけば吸い込まれるようにみていた。
「君の瞳は星図のようだ」
 思わず息を呑んだ。口元を手で塞ぐ。前を向くと少年も同じ動作をして、同じく目を見開いていた。「ごめん」と、また声が重なった気がした。
「じゃあ、私達で描かないかい?」
「星図を?」
 頷く。
「星は毎日の様に移り変わる。貴方の瞳にだって同じものは映らないでしょう?」
 空の景色以外はいつも同じだと、少年の続きを心の中で紡ぐ。窓から見える景色で変わるのは、空だけだった。人よりも速く感じる時間の中で、その変化には敏感で、夜にはそれがより一層発揮される。目の前の少年の瞳をよく見ようと、もう一度目を凝らす。
 
 一度瞬きをすると、立っていたはずの身体はベッドの上だった。息を吐いて、身体を倒す。左を見ると、空が見える丸い窓。右手には、あの時の青年が座っていた椅子と、キャンバス。目の前、天井には、一時一時を模った沢山の空。

 随分と懐かしい夢を見た。生まれつき病弱なこの身体は、既に他界した母から受け継がれたもので、その母から星図というものを渡された。丸い窓から見える星々と、それを重ねるのが楽しくて、毎日のように眺めていた。母が亡くなり、私が縋るものは、丸く象られた厚紙だけになっていた。
 その最中であった。私が高熱を出し、何日も目を覚さなかったのは。医師や家政婦が何度も部屋を出入りし、私が目を開けて景色に意識を向ける頃には、縋るものはもう、何も残っていなかった。病み上がりで塞ぎ込んだ、当時少年だった私に、周りは気を遣って何の声掛けもしなかった。何度も手に取り、擦り切れたあの紙と左に見える丸い窓が重なる。歪んで見える景色と、直後、頬を伝う冷たいものだけが、当時の私を包み込んでいた。
「何故、泣いているんだい?」
 声が聞こえるのと、窓に反射する自分の顔の後ろに映るその姿に気づくのはほぼ同時だった。
「星図を失くしてしまったんだ。大切なものなのに」
 振り返りながらもう一度言う。
「お母様から頂いた大切なものなんだ」
 息を呑んだ。椅子に座る彼は、星そのものだと思った。色白な顔、細い肉付きのその身体に、月の光が差し込んで、一層儚く見える。消えてしまいそうだと思った。また窓に目をやって、また同じ様にする彼を見て思わず言葉が口をついて出る。
「貴方は、星そのものに見える」

「確かにそうだね。けれど、君が捉える、毎日の異なる景色を描く事が出来たら素敵だと思わないかい?君だけの夜空、というのも一興だと思うよ。」
 気づいたら、あの頃の私は、突然部屋に現れた青年を受け入れていた。それどころか、心が通じ合ったとまで思っていた。目が覚めると、家政婦に頼み込み、地下にあるというイーゼルを持って来てもらい、キャンバスや絵の具を揃える。

「この家の地下には、描くために必要なものは何でも揃っている。君のお母様が選んだものだから、きっと綺麗な星々が描けるよ」
 そう言いながら、青年は少年を横たわらせた。
「無かったら?」
「あるさ。私が保証する」
 夢だと思っていた。薄く埃を被っていた椅子に、青年と同じ温もりを感じた。
「良かった。昔の事だから、正直自信がなかったんだ」
 昨晩の様に振り返ると、彼が絵画セットを眺めていた。

「君だけの夜空」に包まれた部屋で、今日も一枚、夜空を創る。あの日の様に丸い窓を見つめる。あの時の青年と、今の自分が重なる。
「そうか。あの時の彼は私だったのか」
「また会える?」
「難しい質問だね。そうだな、うん、会えるよ。君が星の事を忘れなければ」

 あの日の自分が、私に微笑む。私もまた、笑い返した。



テーマ:「消えた星図」



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…執筆中…







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