題 オアシス
オアシスだよ、あなたとの時間は。
誰にも壊させない。
絶対に。
そんなこと考えて、くるりと振り返る。
波がざぱんと軽く水滴を散らす。
「ねえ、好きだよ」
少し後ろを歩くあなたに伝える。
「いきなり何言ってるの?」
焦った顔で言うあなた。
夕日に照らされて赤い顔に見える。
それとも、本当に照れてるのかな?
私はあなたとの元へと駆け寄る。
彼の腕に自分の腕を絡ませて顔を寄せる。
「いつも思うんだ。あなたって海みたいって。絶対に水属性だよね」
「何かのモンスターみたいだね」
フフってあなたは笑う。
笑い方が可愛い。
「モンスターでも可愛いモンスターだよ」
「そっかぁ、攻撃力はそんなにないやつだね」
ガッカリするあなた。またそんなことにときめいてる私。
「いいの、あなたは癒しの力があるんだから。ヒーラータイプだと思うもん。あなたのそばに居ると癒されるし安心するんだー。だからね、いつもそばにいられるだけで愛してるって思うの」
私はジッとあなたの瞳を覗き込みながら言う。
あなたはドギマギした表情で言う。
「あ、ありがとう、ジッと見ないで、照れるから」
そう言って視線を逸らそうとするあなたの顔を両手で抱える。
「だめ、顔見せてよ」
「⋯これ、軽く拷問なんだけど」
私の視線を受けて顔が夕日のせいだけじゃなくて明確に赤くなる彼。
私は可哀想になって手を離す。
「分かった、じゃあ今は解放してあげる」
「⋯ありがとう」
彼は視線を逸らしながら言う。
今照れてるのかな?そんなとこもやっぱり好きだ。
そう実感する。
すっと、手に暖かさを感じる。
彼が私の手を取っている。
反射的に彼の顔を見るけど、彼の視線は向こうに逸らされたまま。
「僕も、僕も好きだから。君といると幸せだよ」
彼の柔らかい声。
私はその声を聞いた瞬間、彼に抱きついてしまう。
「わっ」
彼の驚いた声にもお構い無し。
だってあなたは私のオアシスなんだもん。
癒しの源からそんなこと言われたらこうなっちゃうのは不可抗力でしょ?
題 あの日の景色
あの時見た景色が忘れられない。
いつまでもいつまでも⋯。
そんなこと考えてても仕方ないのに。
「またあいつのこと考えてるの?」
横にいた男友達のタツヤが言う。
「⋯⋯」
私は無言で答えた。
だってどうしても忘れられない。
そばで笑いあって、1年の初日の出を一緒に見た。
私たちの思い出の海で。
あの景色が不意に蘇ってくる。
切り取られた写真の1ページのように。
鮮明に。
ふと夕日を見た時。
朝、太陽を見た時。
日の出のニュースを見た時。
私の脳は電流のように弾けて、見たくなくてもハッキリと彼との初日の出の景色、彼の笑顔、彼の手の体温を伝えてくる。
それは恐ろしい程に。
呪いであるかのように。
彼はもう他の人を好きになってしまった。
私と一緒に初日の出を見ることもないだろう。
それなのにぐだぐだと考えてしまう。
思い出の景色だけが取り残されたように私の中を侵食している。
「もう忘れろって」
無責任な言葉をタツヤが言う。
忘れられればとっくに忘れてるよ。
「私だって忘れたいよ」
私の言葉に、タツヤは口を開く。
「じゃあ、俺と付き合おうよ、忘れられるって」
私は黙る。
そうなのかな。そんな気はしない。
タツヤと付き合っても、タツヤのこと不幸にするだけじゃないのかな。
だって私の中にはまだ前の彼の幻影が強くこびり付いているんだから。
何度も同じことを言ってくれるタツヤを見つめる。
「⋯ごめん」
結局、結論は同じだ。
私の中のこの消せない思い出を、消化しないといけないのだろう。
そうしないと、先に進むことは出来ないと、どこかで分かっている。
だからこそ思い出して、そして、少しずつこの胸の痛みを和らげているような気もする。
「分かったよ、でもそばにはいさせてくれよ」
タツヤはいつものように気にしてないトーンで応えてくれる。
まだ⋯まだだ。
いつこの呪いから解放されるんだろう。
私は胸に手を当てた。
解放されたらいいな⋯そしたら私はタツヤと⋯⋯。
そんな想いを抱きながら、私はタツヤを見て静かに頷いた。
題 願い事
ねえ、今日は七夕だよ
そう言って振り返る私に、彼は微笑む。
「そうだね、願い事は決めた?」
私はそう言われて手を彼氏に突き出す。
「えー、決められないなぁ、まずお菓子を沢山食べられますように、頭が良くなりますように、テーマパークにタカシと行けますように、それからそれから⋯」
「ストーップ」
私がまだ列挙しようとすると、タカシに制止される。
「え?何?」
「何って、ちょっと待って、今の、お菓子なら買ってあげるし、頭良くなるのは、一緒に勉強しよう。テーマパークなら、チケット買っとくよ、今度行こう」
「ええ、全部お願いする意味ないよー」
私は優しく微笑むタカシの胸に飛び込む。
「じゃあ、じゃあね⋯」
「うん、何?」
優しく頭上から降ってくる声になんだか気持ちがふわふわする。
「じゃあ、ずっとそばにいてくれますように」
これなら?という気持ちでタカシを見上げる。
「願うまでもないよ」
タカシが私のおでこに軽くキスをする。
「じゃあ、私の願いは全部タカシに叶えられちゃうんだねっ、なら、タカシの願い事は?」
「もう叶ってるけど?」
タカシは私を優しく微笑んで見下ろした。
「君という人が僕と一緒にいてくれますようにって」
タカシの優しさ溢れる視線にどうしていいか分からなくなってしまう。
私の困惑顔に、タカシの笑みはより優しくなる。
ああ、こんなに大好きな人といる時間は幸せだ。
どうか、空の彦星様と織姫様も1分でも長く一緒に過ごせますように。
私は空を見上げてそう願わずにいられなかった。
題 空恋
私は空に恋してる。
そう、空ほど自由な存在はない。
受け入れてくれる存在もいない。
大好きだ。
小さい頃から、夕日の柔らかい光を映す薄いピンク色の空、夏のカラッとした空気と共に、もくもくした雲をうかべるキャンバスのような真っ青な空。
秋の落ち葉と共に、コバルトブルーの輝きをまとって、とても遠く遠く、どこまでも広がるような空。冬の柔らかい淡雪をふわふわと落とす、淡いホワイトグレーに変わる空。
大好きだ。
空と一緒にいたい。いつまでもいつまでも。
そしてその願いは絶対に叶うんだ。
だって私は空とずっと共にある。
空は私から逃げない。空はいつも私を見てるし、私も空を見てる。
空の美しさは、いつだって私の視界をとらえて離さない。
ということを隣にいる幼なじみに言うと、思い切り顔をしかめられる。
「またその話?聞き飽きたわ」
ツンっとそっぽを向くナオキ。
うーん、空の話以外はそんなに機嫌悪くないんだけど。
「だって今日の空はね、とっても淡くて雲もフワフワでソフトなイメージだったんだよっ、愛しいっ」
「空が何してくれんだよ?ミキに」
そう、これ言われる。ナオキいつもそう言ってくる。
「何もしてくれなくていいんだよ!だって好きなんだもん、ただそこにいてくれればいいんだ」
「そんなん、楽しくないだろ、理解できないわ」
ナオキはつまらなさそうにカフェで飲んでたアイスカフェオレをストローでかきまぜた。
「理解してもらいたいって思ってないもん」
私もいつもと同じ反応をする。
「おまえさ、彼氏とか欲しいと思わないの?」
不意にカフェオレに視線を落としたままナオキがそう問いかけてくる。
「彼氏?えー、いらないよー!空がいるもん」
「空は人間じゃないだろ」
なぜかナオキはキレたような顔をして私に強い口調で言う。
「だから言ったでしよっ、私は人間じゃなくても、ただ、そのままそこにあってくれればいいんだって。それで満足なんだよ」
「そんなん⋯。会話もできないし、触れ合ったりできないだろ」
会話⋯、触れ合い⋯。
ナオキに言われて考える。初めて思った、そんなこと⋯。
「確かにね⋯」
私はナオキの言葉に考える。
空と会話⋯必要なかった。
触れ合い?⋯風や空に丸ごとつつまれてる感覚になっていた。
私が考え込んでるのを見て、ナオキの瞳に光が差す。
「そうだろ?やっぱ空なんて彼氏の代わりにならないだろ?やっぱ彼氏探したほうがいいって⋯」
「やっぱ考えたけど、空がいるだけで、話せなくても触れ合えなくてもいい。いつも心で話しかけてるし、空全体にどんな時でも包まれてるもんっ」
「⋯⋯⋯」
ナオキは私の言葉を受けてピタリと黙ってしまう。
私はカフェの窓から壮大な空を見上げる。
今日も素敵だ。
「⋯⋯⋯オレは諦めないからな」
ポツリとナオキが言う。
「え?何?」
空に見とれてた私はナオキに向き合うと、ナオキは、
「何でもない」
とぶっきらぼうに言った。
なんだろう、と少し頭を傾げつつ、私はもう一度、狂わしいほど惹かれる空に目を移す。
いつまでもいつまでもそばにいるよと固く空に誓いながら。
題 青い風
ふと風がふくのを感じた。
「どうしたの?」
彼氏がそう問いかけてくる。
「今風が吹いたの。緑の風」
爽やかな5月、風に今色がついたように私には見えた。
「風に色?ああ、新緑の色がそう見えたのかもな」
彼氏がそう言う。
「違うの!風に色がついてたんだってば」
私はなぜかムキになっていた。
どうしてか分からないけど、わかって欲しい気持ちがあったのかもしれない。
彼氏は曖昧な笑みを浮かべて頷いた。
「わかった、分かったよ、色が付いてたんだな」
⋯わかって貰えてないと思った。それでも私はその返答で満足するしかなった。
夏はミントグリーン、秋はカラシ色。
私の目はおかしくなったのかもしれない。
空気に淡い色が付いて見える。
そして⋯⋯彼氏はそんなこと言う私を面倒くさがって⋯⋯。
別れを告げられた。
その時⋯⋯。
空気がディープ・ブルーになった。
視界が濃い青になった。
ああ、私が正しかったんだと思った。
葉っぱや花や空の色を投影するしてるとごまかせないくらい本当に濃いブルーだったから。
空気に色が付いて見える。
それは私の感情が、心の動きが、色として見えていたのかもしれない。
そうだとしたら分かってなんてもらえなくて当然か。
それでも、いつか分かってもらえる人がいたら⋯⋯。
そうなんだね、色が君には見えるんだね、と信じてくれる人がいたら⋯⋯。
私はその人に心を開きたいな。