わたしには、その言葉を口にすることは許されない。
「又、今度」其れすらも。
其れに近い言葉すらも、あの人を苦しめてしまう。
あの人は、甘い嘘をつかない。
あの人は、軽々しく約束できないものを約束したり、なんてしない。
誠実さと同時に、とても残酷な人。
嗚呼、どうして、こんな人を愛してしまったのだろう。
どうして、次に逢う約束が出来ぬ、あの人を愛してしまったのだろう。
あの人の帰りを待つ、その時ほど苦しいものはない。
でも、あの人と過ごす時ほど…幸せな時を、わたしは知らない。
あの人との別れの時が……いつ来ても良いように、
今日もわたしは、覚悟を決める。
今日もわたしは、あなたと過ごす時を噛み締める。
今日もわたしは、あなたを送り出す。
どうか、また、あなたに逢えますように。
どうか、少しでも、あなたの生きる時の中に、多くの幸を……。
あなたを送り出す時、心の中で、いつも祈っております。
美しい人は、皆、好きだ。
綺麗な人は多いが、美しい人は少ないと思う。
美しい人は、皆、心の礎がある。
苦しみに翻弄されても、未来を、生き抜くことを、諦めない。
苦しみを、乗り越えた人は、皆、本当に美しい。
私が思う…美しい人は、皆、過去に苦しみを乗り越えた先の人だった。
誰よりも、美しい。
いつか、そう言われてみたいし、言いたい言葉だ。
まぁ、こう思う…うちは、言われないだろうけど。
もう、苦しみなんて御免だ。
私は、今、苦しみを乗り越える、最中だ。
きっと、大抵の人は、そうなのだろう。
大抵、皆、何かと戦っている。
そう思うと、何だか、嫌な気持ちになった。
まるで、私は特別で無いと言われたみたいに…。
いつか、その言葉を受け入れられたらな。
きっと、その言葉を受け入れられる時には、
その苦しみを越えられているのだろうか。
貴様に、何が分かる。
明るく、軽い冗談みたいに義兄に言われた。
どこか、闇と重みが垣間見えた言葉だった。
義兄と私の生きてきた道が異なったことを……、
義兄と私では背負ってきたものの重みが異なったことを……、
義兄から突き付けられ、この時、初めて気が付いたのであった。
『希望とは、なんと都合の良い言葉だろう。』
内心、わたしはそう思う。
「貴女は、私の希望だ。」と、男に口説かれた。
わたしは、希望の言葉が嫌いだ。
でも「ふふふ、ありがとう。」と、聖母のような眼差しと微笑みを返す。
そうすると、大抵の男は赤面する。
チェス盤に駒が増えた。
そう思えば、どんな不快な気持ちも殺すことが出来る。
皮肉にも、わたしの名に篭められた意味は『希望』だった。
綺麗な容姿だけが取り柄の、仕返しの出来ない、怯えることしか出来ない、
母のような女に、わたしは成らない。
あくまでも、主導権を他者には委ねない。
希望など、無責任に託さないで欲しい。
もう、いや。
もう、生きるのに疲れた。
だから、死ぬまえに最も接点の無かった異母妹をピクニックに誘ってみた。
厳密には異母妹では無い、長兄のお気に入りの彼女と話してみたかった。
彼女は、わたしのはなしを時々頷きながら、静かに聴いてくれた。
彼女は、そよ風みたいな人だった。
涼しくて、優しくて、穏やかな雰囲気を纏っていた。
だから、だろう。
今まで誰にも話さなかったことまで、口から出ていた。
自分を殺すことに疲れた、と。
いつまで生きればいいのだろうか、と。
そしたら、彼女は何て言ったとおもう?
「そうか。」
この一言だけだった。
でも、何故か、鼻の奥がツンとして、堪えようとしたのに、
瞼から涙が零れ、頬をつたい、流れた。
この一言には、言葉では表しきれない、彼女の『なにか』を感じた。
気づいたら、彼女はわたしの背後に回り、背をを向けて座っていた。
その気遣いが、なによりも嬉しくて……、また、涙が零れた。
ありのままのわたしを、受け入れてくれる人が居た。
ああ……やっと、分かった。
少し、明るい未来を信じよう。と、思えた。
たぶん、これが、きっと、『希望』なのだろう。
金髪碧眼、それは彼ら一族を象徴する、
王家に準ずる家格と貴き血筋を顕わしている。
稀代の名君と云われる、ノース、北の主君。
それが彼の肩書。
わたしの隣で眠る人は、貴き血筋のもとに生まれた人。
強く成るしか、早く大人に成るしか、生きることを許されなかった人。
たった一人で多くの業を背負い、たった一人で多くの命を背負う、
主君としての並外れた技量と天賦の才を有する人。
多くの女たちを魅了し、多くの女たちを泣かせ、多くの女たちに依存する、
矛盾を抱える、弱き人。
わたしは、あなたの妻。
わたしは、決してあなたに魅了されない。
わたしは、決してあなたに泣かされない。
わたしは、決してあなたに依存させない。
強くない、男らしくない、ありのままの、弱きあなたを
受け入れ、支え、見守る。
それが、わたしに出来る、あなたの妻としての役目。
見返りなんて、いらない。
なんでって?
あなたを、心から、なによりも愛しているから。