【ひそかな想い】
この気持ちを、あなたは知らないでしょうね。
「うちの子たちの遊び相手に」なんて言ってあたしを迎えたけれど、本当に嬉しかったの。
元の飼い主のところはお世辞にも良い環境とは言えなかったから。
親や兄弟たちと一緒に居られたのは良かったけど、逃げようとすると人間が尻尾を掴むし、ごはんもいつだって早いもの勝ち。どん臭い子ばかり損してた。
でも、あなたのおうちは違ったの。
ここにはあたしの尻尾を掴む人も居ないし、ひとりずつスプーンでごはんを食べさせてくれるから取り合うこともない。
馴染むのに一ヶ月かかってしまったけれど、ここはもうあたしの居場所なんだって、胸を張って言える。
ねえ、あたしは人間の言葉は喋れないけれど、このおうちに来れて本当に幸せなのよ。
ゴロゴロと喉を鳴らすしかできないけれど、あたしの気持ち、ちゃんと伝わってる?
【あなたは誰】
最近、気になる子がいる。
会社にひょっこりと現れるキジトラの猫。
ご飯をねだるわけでもなく、かと言って逃げるわけでもなく。寒さから身を守る為だけに居座っているだけなのかもしれない。
会社を荒らしたり粗相をする様子もないので、社員たちからは弊社のマスコットキャラとして扱われている。
近所の人に聞けば、どうやらこの猫はここら一帯のボス猫らしく、特定の家に住み着いてるわけではないらしい。
この会社が居心地いいのか、理由はさだかではないけれど、ここ最近よく目が合う気がする。
「君はだぁれ?」
もう何年もこの辺りをさまよっているらしいので、さまざまな呼び名があるのかもしれないけれど、当然ながらその返答があるわけもなく。
今日もボス猫は自由気ままに社内を闊歩する。
【手紙の行方】
飼い主の元気がない。
理由はたぶんあの男。少し前まではうちに遊びにきていて、僕に鬱陶しいほど構ってきた男。
最近は全然遊びに来ない。
最後に遊びに来た時だった。飼い主が珍しく声を荒げて男に詰め寄っていた。
「なんでもっと早く言ってくれないの」とか「遠距離は無理」とか、僕にはよくわからないことばかり言っていたけれど、あの男が飼い主を怒らせて、悲しませたのは間違いない。
飼い主があの男を嫌いになったのなら僕も嫌いだ。
だからあんな奴忘れて僕と遊ぼう?
そう言って飼い主に擦り寄るけれど、返ってくるのは優しく撫でる手だけ。視線はいつも遠くを見てる。
あの男が来なくなってから少し経って、一通の手紙が届いた。
その封筒からはかすかにあの男の匂いがする。
飼い主をいつまでも苦しめるあの男が憎らしくて、僕は思わずその封筒に齧りつく。
中身ごと、ビリリと破いて吐き捨てる。
ビリッ、ペッ。ビリッ、ペッ。
何回かくりかえしているうちに、あの男からの手紙は細かい紙切れとなった。
「な、なにしてんの!?」
少し目を離した隙に原型を失った手紙と僕を交互に見つめて飼い主が驚いて声を上げる。
飼い主宛ての手紙を破いてしまったことに怒っているのかと身構えたものの、僕の予想は違って飼い主は心配そうに僕の顔を覗き込む。
「紙、食べてない? おなか壊してない? ストレス溜まってたのかなあ……」
飼い主はあの男からの手紙よりも僕の体を心配してる。
あの男よりも僕を選んだような気がして気分が良い。
「なぁん」
大丈夫だよ。僕は飼い主の傍にずっといるよ。
そう伝えたくて飼い主の指をペロペロと舐めると彼女は、くすぐったそうに笑った。
【輝き】
ぷっくり、つやつやと輝くつぶあんのような黒い肉球。
寝ている猫を起こすわけにはいかない、と触るのを我慢していたけれど……。
夢でも見ているのか、寝ながら毛布をギュッギュっと踏みしめる姿に理性はどこかへ行った。
そうっと前足に触れて、ツヤとハリのある肉球を優しく押す。
ぷにぷにとしたこの感触がたまらない。
目を覚ました猫が怪訝そうにこちらを睨みつけるけれど、人間を誘惑してやまないその輝きが悪い。
【時間よ止まれ】
「これ、なーんだ?」
ご機嫌な飼い主の声と共に目の前にぶら下がる鳥の羽根。
いつもの猫じゃらしよりも、さらに長い棒の先に取り付けられたそれがヒラヒラと動き、本能的に体が動く。
「わはっ! このロング猫じゃらし、すごい食いつき! さすがテレビで出てただけある〜!」
普段使っていたオモチャよりも距離があるせいか、飼い主は猫じゃらしを大きく揺らして僕をあっちこっちへ走らせる。
つかまえた!
そう思った次の瞬間には羽根は手の中からすり抜けて。
離れた所で、ふよふよと宙を舞うものだから急いで追いかけた。
楽しい!
楽しい!!
つかまえられそうでつかまえられないのは、なんとももどかしいけれど、それがまた楽しい!
飼い主自身もいつもより動かなくていいからか、長く遊びに付き合ってくれる。
このまま時間が止まればいいのに!