妹は小さい頃から感情を表に出さない子だった。よく思い出すのは転んだ時。真顔で立ち上がって、自分や両親の方は見向きもせずにまた全速力で走り出していた。いやいや、今のは流石に痛かったろうと捕まえて確認したら、擦りむいていたこともあった。始めは鈍いのかと思ったのだが、母曰く、
「お兄ちゃんの真似よ」とのことだった。「あなたは転んでも泣かないでしょう?」
まあそうだが。
恐らく血は争えないということなのだろう。大人になった今でも、自分たち兄妹が涙を見せることはあまりない。そんな暇があるならもっと成すべきことがあるーーそんな思考が働くのだ。
#泣かないよ
バレンタインは毎年君に花束を送る。君は花に興味が無いし、この散らかったの部屋のどこに置くんだと言われるし(至極まともな指摘だと思う)、水換えも二人揃って仕事に出ていたら忘れてしまうし、問題だらけではあるのだけれど。花束を差し出した時の、ほんのちょっぴり照れる君の顔が見たい。
#花束
言葉にならない感情は文字にもできない。
でもそれほどの思いは、既に届いているだろう。
君の笑顔を見ればわかること。
#どこにも書けないこと
ベッドに寝転がって漫画を読んでいたら、猫が腹の上に乗ってきた。この上にはちょうど窓があり、陽当たりがよいため猫にとってもお気に入りの場所なのだ。よくあることなのでしばらく放っておいたが、そのうちトイレに行きたくなってきた。様子を伺いながらそっと身体を起こそうとするが、ペシッと尻尾が腕を打つ。細いまぶたの隙間から黄色い瞳がこちらを睨んでいる。起きるな、ということだろうか。
#ずっとこのまま
冬の空というのは、晴れていても黄色く霞んですっきりしない。おばあちゃんはここぞとばかりに換気をしたり布団を干したりしているけれど、僕は寒いのは苦手なので、できればこのままこたつに留まっていたいところ。そこへ、さあ一緒に散歩へ行こうと尻尾を振りながら、茶色い塊がぐいぐいと鼻を押し付けてくる。勢いに押されて畳の上に倒れ込むと、窓の上部から太陽が視界に入り、眩しさに思わず目を細めた。しかしこうして日向に出ると、暖かい気も……。そう思った矢先、換気している窓の隙間から風が入ってきた。ああ、やっぱり寒いじゃないか。そんな僕の顔の横で、柴犬は元気よく鳴くのだった。
#冬晴れ