霜降る朝
…さむい、ね
少女は初めての感覚に戸惑いつつも、
両の手にハアッと息を吐かけた。
その手の甲に刻まれた、
所有者の印と、ナンバーが痛々しい。
夜通し、工場から走った。
昼も夜もなく働かされ、
食事も満足に貰えない。
監視の目を盗んで、
隣のブースの少年と話した。
ー北に北に歩いてゆくと、
大きな湖があって、
じゆうのくに に行ける舟が出てるんだよ。
湖も、じゆう の意味も
わからなかったけれど、方角は分かった。
さむい。
体からエネルギーが奪われてゆく。
視界も霞む中で、突然平原が切れた。
きっとこれを湖というのだろう。
小さな手漕ぎの舟と、渡し守。
ー行くのかい?じゆうのくにへ。
少女はこくこくと頷(うなず)くと、
舟へと倒れ込んだ。
渡し守は、静かに櫓を漕ぐ。
じゆうを求める、
1人のアンドロイドを乗せて。
落ち葉の道
今日は少し足を伸ばして、
2人は紅葉が綺麗なことで有名な
神社にやってきた。
「わあーっ、モミジにイチョウ、
マツ…は緑か。こっちは、
ハナミズキだって!こんな真っ赤に
なるんだあ。『うーすべにいろーのー、
かわいいきみーのねえー』」
普段は自然なんかに興味なさげな、
同い年のアツト。鼻歌まで飛び出して、
なんだかはしゃいでいる。まるで犬みたい。とマナミは思う。
屋台のお団子や、たこ焼きを楽しみ、
次にアツトが見つけたのは、
おみくじだった。
「おみくじ、おみくじしよう!
えーと、15番。マナミは?87番。
まだ見ないで!せーのでいくよ。せーの…あ」
マナミは中吉。まあまあなところだろう。
アツトは、凶、しかも大凶だった。
明らかに落ち込むアツト。しまいには、
「もう俺、この神社来ないから!
絶対、二度と、来ない!」
口を尖らし、むくれるアツト。
そうだ、この人、お店だとか、
第一印象が大事な人だった。
この神社、素敵なのにな。
「もういい。帰ろう、マナミ。
もー、俺のそばにいてくれるのは
マナミだけだよな」
そう言って、マナミのリードを引くアツト。今日の夕ご飯はカリカリの何味かな。
こないだのチキン味がいいなあ。
真っ白な尾っぽをピンと立てて、
気もそぞろな犬のマナミと、
まだ落ち込み気味のアツトだった。
そんな2人の歩く、落ち葉の道。
君が隠した鍵
君は逝ってしまったね
僕の大切なもの 少しずつポケットに
入れたまま
プラモデルの最後のピース
思い出ボックスの綺麗な貴石
2人で撮った最初の写真
2人の 2人だけの指輪の片割れ…
悪戯っぽそうな君の笑顔が浮かぶ
「こっちに来ないと、返してあげないよ!」って
僕の心も 薄っすら欠けたまま
君のいない世界でも今日を生き抜くよ
手放した時間
人生の岐路、とまではいかなくても
ティータイムは珈琲?紅茶?それともナシ?
通勤は今日は家まで歩く?
それとも疲れたからバス?
それによって出会うものが変わり、
時間や手間を断捨離したことに
なるんだろう。
手放した時間の代償に、
豊かな心の時間迄無くさぬように。
エンデの「モモ」はおしえてくれる。
紅の記憶
母の血とともに、
産み落とされた記憶。
青紫色
チアノーゼ の様相を
呈(てい)していた肌が、
産声とともにさっと赤みを増す。
産まれたばかりの私を、
抱きしめる母の眼は
血管が切れて紅い。
バースデーケーキに灯る、火。
「産まれてきてくれて、ありがとう」
に込められた、紅の記憶。