涙の理由
貴女の
涙の理由など知らない
ただ その美しい横顔を
いつまでも眺めていたい
うなづくふりをして
慰める素振りをして
指で拭った涙を
結晶にして
いつまでも取っておきたい
美しい貴女だから
ココロオドル
この夜が
いつまでも明けないように
願う
明日になれば
それぞれの死地に
赴く我ら
今宵一夜
踊り明かそう
貴方の瞳の中で休ませて
走り続けてしまう私たちだから
せめて今だけは
見つめ合う今だけは
眠りに落ちるその時まで
瞳に映し続けていて
互いの今を
「春さん、秋さん、
これからもお願いしますよ」
夏と、冬は握手する手に
それぞれ力を込めた。
春は申し訳なさそうに顔を赤らめ、
「なるべく長く春が続くように
頑張りまぁす」と答えた。
秋はどこか他人事のように、
「まあこればっかりは、地球はんの
ご機嫌次第でっしゃろなあ」と答えた。
夏はイラッとしながらも、「私たちばっかり出ずっぱりというのも、やはり…ねぇ」
と冬に譲った。
冬は威厳を保ちつつ、「そうそう、
四人で四季、なのですからな」と
場を締め括った。
過ぎた日を想う。
懐かしい、若かりし日を想う。
ぼくの傍らには、いつもきみがいたね。
いろんなことを一緒にした。
花見、旅行、登山、海、スキー、
クリスマス…。
こうして我らの滅亡を目前にして、
過去のなんと美しいことか。
今、我々は滅びる。
「…おはよう、母さん」
トントンと階段を降りてくる少年。
母さんと呼ばれた女性は、
「まあなんて顔。夢見でも悪かった?」と
声をかける。
少年は、食卓のパンをかじりながら
「うん、なんだか、
滅亡だとか滅びるだとか、暗そうな夢」
母は、チーズオムレツを
少年の前に並べながら、
「それじゃまるで、テラの今みたいね。
滅びゆくテラの、最後のメッセージでも
受け取ったの?本当に夢見使いに
なれるかもね」
少年は嫌そうな顔をしながら、
「やだよ、夢見使いなんて。
火星の中心の神殿で、
朝から晩まで経典読むんだろ?
俺はエンジニアになるの」
と、少年は時計を見て、
「あ、もうこんな時間!じゃ、
もう学校行くね」
慌てて家を飛び出した。
外は赤茶けた火星の大地。
テラーー地球からの移民政策が始まって
もう130年。自分の意思で地球に残った人も
いるとかいないとか。地球は、
たくさんの記憶と共に、
滅びようとしていた。