手ぶくろの指先には、雪が住んでいる。
幼い頃、本気でそう思っていた。だってそれくらいヒンヤリしていたのだ。
指先にくまさんがあしらわれた、ピンク色の手ぶくろ。
するりとはめると手のひらのあたりは温かくなるのに、指先だけ冷たいまま。
手ぶくろの指先には、雪が住んでいる。だからそう思っていたのだ。
……なんのことはない。筋金入りの末端冷え性だっただけのこと。
未だに指先は冷え切っていて、血を通わせるのに一苦労だ。
雪が住んでるのは手ぶくろではなく、私の指先。
くまさんには悪いことをしてしまったなあ。
子どもの頃から、明日になるのが怖かった。
だって、明日になるってことは、時間が進むってことだから。
時間が進むと、大人になる。
大人になったら、いまこうやって、お父さんとお母さんと並んで寝て、この天井を、この電球を見上げることができなくなる。
それが怖かった。
変わらないものはないから、いまこの瞬間、時間が止まって欲しかった。
大人になった今。やっぱり明日になるのが怖い。
ベビーベッドにすっぽり収まる息子は、いずれ一人で寝起きするようになる。そしていずれ家を出る。
ニコニコと、喃語でなにやら一生懸命話しかけてくる、膝の上で大人しく抱かれる息子の時間が進むのが、嬉しくて怖い。
いつか来る別れ。それが怖い。
変わらないものはないから、だから今が尊い。大事に過ごそうと思う。
けれど、今この瞬間、時間が止まって欲しいと、願ってしまう。
宗教上の理由で、我が家にはクリスマスがなかった。
八歳の時に一度だけ、泊まりに来ていた祖父母がプレゼントを枕元に置いてくれたのだが、それにはしゃいで「サンタさん来てくれた!」と言って殴られて以来、クリスマスという単語はもちろんの事、赤と緑の物やチキン、ケーキに至るまで、徹底的に排除する生活をしていた。
大学生になって初めて、クリスマスパーティーをした。24日でも25日でもなく、スケジュール上の都合でずっと早い時期に。
それでも楽しかった。チキンもケーキもなくて、居酒屋で飲み食いした後のカラオケだったけれど。とても、とても楽しかった。
だから結婚して子どもができてからは、毎年クリスマスを楽しんだ。
息子のサンタさんになったし、チキンもケーキも手作りした。
いま、すごくしあわせだ。
抜き足差し足で忍び込む。
絶対に気付かれないように。バレたら終わり。細心の注意を払う。
枕元には歪ながらも可愛らしい靴下。
残念だが少し小さいので、手紙だけ入れさせてもらう。そっと、そおっと。
かすかな寝息を聞きながら、ベッド脇にプレゼントを置く。音を立てないように、静かに、静かーに。
戻る時も命懸け。抜き足差し足忍び足。
扉を閉めて、任務完了。ほっと一息。
喜んでくれるだろうか?希望した通りのプレゼントのはずだか、如何せん、色も種類が多くてちと自信がない。
吐く息白く、星空の下。ぐーっと背筋を伸ばす。
いやしかしまったく。煙突がない家は一苦労だ。
我ながらちょっと気持ち悪いな、と思った。
貴方に贈ったのは、来年から新社会人だからとお高いボールペンと、ハンカチ。それだけじゃ真面目過ぎるから、ウケ狙いのペンスタンドに、嫌がらせのビジネス書、ついでのお菓子。
結構喜んでくれて、大事に使います、これで仕事頑張りますと言ってくれた。
……こっそりと、お揃いのボールペンを、自分用に買ったことを、貴方は知らない。
貴方がそのボールペンを大切にしてくれる限り、私は胸に秘めた想いを捨てずにいられる。
貴方がそのボールペンを、紛失するなり処分するなり、手放したという報告を私にしない限り、ずっとずっとお揃いを持っていられる。
気持ちを告げる勇気はない。だって私と貴方の関係は、先輩と後輩で……貴方の恋愛相談を聞くだけのものだったから。
いくら二人きりで会えたって、なんの期待も持たせてくれない。悲しいくらい、恋愛対象外。
だったらボールペンくらい、同じものを持たせてよ。
どこにでも売っている既製品で、いいから。