長い長いトンネルだ。
曲がりくねっていて、真っ暗で、先が見えないし今どこにいるかもわからない。
この道の先に、希望はあるのだろうか?
ただただがむしゃらに、時には俯いてとぼとぼと、歩いてきた。
どこに行けばいいんだろう。どうやって進めばいいんだろう。……このまま歩いていて、いいんだろうか。
見上げた天には当然ながら、太陽も星もない。
いつになったら出られるんだ?
せめて、せめて明かりが欲しい。小さな灯でもいい、足元を照らせるだけの、明かりが。
この道の先で、あなたは待っていてくれますか?
大人になるにつれ、好きな食べ物が増えた。
ミョウガ、キムチ、焼き魚、日本酒、鶏レバー、ブラックコーヒー。
なんだ、存外、美味しいじゃん。
大人になるにつれ、嫌いな人が増えた。
声が大きい威圧的な客、義母、普通のコミュニケーションって感じで当然のようにセクハラをする上司、実母、他人のくせに母乳で育ててるの?と聞いてくる知らない老婆、義姉、いない人の悪口に余念が無い同僚、自分。
子どもの頃は、ピーマンも梅干しも生野菜のサラダも豚肉の生姜焼きも牛乳も嫌いだったけど、お父さんもお母さんも先生もお友達もみんな好きだった。
三十路を過ぎて、体は肥えていく。心はすり減っていく。反比例。
嫌いな人なんて、これ以上増やさないで。
今宵は特別。準備は万端。
ざく切りにしたキャベツを、ごま油と塩昆布で浅漬けに。
両面をカリカリに焼いた油揚げに、青ネギと鰹節をまぶし、麺つゆをかける。
冷凍のフライドポテトは、アンチョビバターを絡めてアレンジを。
アボガドと玉ねぎ、サーモンをわさびマヨで和え、刻み海苔をぱらっと。
ニラを巻いた豚バラ肉は、にんにく醤油で照りっ照りに。
具だくさんのシジミ汁と、梅味噌を塗った焼きおにぎりも。
ついでにナッツとチーズとドライフルーツと、あとチョコレート。
目に付いた酒を片っ端から買ってきた。オリオンビール、ジンジャーハイボール、芋焼酎、梅酒、緑茶ハイ、スパークリングワイン、カシスオレンジ、レモンサワー……。
今宵は特別。準備は万端。
シリーズ物の映画を制覇するのだ。
今日はどれにしようかな。
濃朽葉、銀灰色、涅色、紅碧、留紺、紅紫、海松色。
集めに集めた、色とりどりのニット帽。寒い冬の必須品。
お洋服にあわせて、選びとる。これじゃない、あれもちがう、どれにしよう?
快晴、けれど、凍てつく風。ランチして、少し歩いて、観劇をして、ミッドタウンでイルミネーションをみて……。
今日は大事な日だから、妥協したくない。
銀朱じゃ派手すぎる。濡羽色じゃ暗すぎる。薄紅梅は子供っぽい……?
よし、決めた。景色の邪魔をしない、雪色にしよう。
ほんのり青みがかった白。イルミネーションにも映えそう。
今日は大事な日、だから。
ちょっとでも可愛く見えますように。
雪なんてもう何年も見ていない。あたたかい地域に引越しをしたから。
昔は、うんと昔の子どもの頃は、雪が積もる度にはしゃいだ。
雪だるまやかまくらを作り、雪合戦をした。
大人になってからは、煩わしさしかなかった。
早起きをして、出勤前に雪掻きをしなければならないから。
けれど、ここに住み始めてから。……途端に雪が恋しくなった。
さほど寒くない冬は快適だ。持っていた防寒具のほとんどを手放した。
雪掻きをする必要がないから、朝はギリギリまで寝ていられる。
そもそも日照時間が長い。どんなに空気が冷えていても、日差しが心身をあたためてくれる。
けれど時々、雪が恋しくなる。
あの劈くような寒さ。空気が凍りつき、世界が閉じていく錯覚をする。外気に晒された皮膚はピリピリといたみ、指先の感覚はない。曇天。やがて、降雪。
懐かしい、あの冬。