彼の人生は波瀾万丈の連続だった。
いくつもいくつも襲いかかってくる荒波を、彼は悠然として乗り越えてきた。
記者であるわたしは晩年の彼にインタビューをする機会を得た。その時にわたしは聞いてみたのだ。
そんなにたくさんの苦労をどのような気持ちで立ち向かってきたのかを。
彼はただわたしの質問に一瞬だけ目を丸くして、こう答えた。
「苦労ですか? よくわかりませんね。僕は楽しいことだけしかしてこなかったので、どれが皆さんの言う苦労なのかよくわからないんです。楽しく踊ってたらいつの間にか曲が終わってた。僕の感覚ではそんな感じです」
──と。
【踊るように】
僕の家の庭には2羽の鶏がいる。
毎回朝が来ると、時を告げるように2羽のうちの片方が鳴き声をあげる。鳴かなかったほうを今晩のおかずにしようと企んだ僕の考えを読んだかのように、2羽の鶏が同時に鳴いた。
【時を告げる】
浜辺に打ち上げられた貝殻を拾い上げ
穴に耳を当ててみる
どこかしこかの波の音が聞こえた後に
「たすけて」
という声が鼓膜を貫いた
びっくりして貝殻を離し
浜辺に落とす
最近は海での事故が多いときく
この貝殻はいったいどこの波間から
この浜に流れ着いて来たのだろう
【貝殻】
華やかな大都会。
彩り鮮やかなネオンの下で。
豪奢なファッションと高貴なアクセサリーをこの身に飾り付け、派手なメイクに艶やかな香水をその身に纏う。
そこはまるで摩天楼に囲まれた桃源郷。
どこもかしこも眩さに溢れている。
私はその輝きに当てられて。
きらめきの中に沈んでいく。
私を沈ませるために足を引きずる何かが。
きらめきとは程遠い、暗い闇底に続くものだとは知らずに。
【きらめき】
私のことは放っておいて。
私を護ってばかりだと、貴方は傷付いてばかりじゃない。
そう言って泣きじゃくるお前に、俺みたいな頭の悪い奴は気の利いた言葉なんて吐けない。
だから、まあ、適当に台詞を並べ立ててみる。
些細なことだ、お前を助けることなんて。俺が生きるための暇潰し程度のことなんだから、気にしてんじゃねぇよ、と。
──お前が死んだら、どうせ俺は生きていけねぇんだから。
けれど、何故か最後に思い浮かんだ言葉だけは口にすることができなかった。
【些細なことでも】