僕は生まれた時から目が見えなかった。
世界の輪郭も色も、誰かの表情も僕にはわからない。
人生について不便なことは確かにあるけど、僕は不幸ではなかった。
顔の分からない友人や家族が僕にいつも寄り添ってくれていたし、何より世界が優しいことを僕は知っていたからだ。
ある日、僕が通う学校のクラスに転校生がやってきた。遠くの地から来たという彼にみんな仲良くするようにと先生が告げた。
僕には彼の顔が見えないから、周りの友達にどんな子なのかを聞いた。
友達は何だか無愛想だよ。態度が怖いよ。あまり関わらないほうがいいかもと告げていった。
そうなのか。怖い人なのか。
僕は不思議でならなかった。
ある日、僕が職員室に呼ばれてから教室に戻ると、「おい」っと後ろから声を掛けられた。あまりよく知らない声だったので「ごめん。誰かな?」と僕が尋ねると、転校生の彼だった。
「次の授業、移動になった」
「そうなんだ。ありがとう、教えてくれて」
僕がお礼を述べると彼は「ん」と小さな声を出した。その時に僕は気付いたのだ。
「もしかして、待っていてくれたの?」
「・・・・・・いや、ただ俺、まだ他の教室の場所わかんねぇから、他の人の後について行ってて、それで大体最後のほうに移動してるから」
あんたが教室出てから戻ってないの知ってたからさ。そう言った彼の声から彼の優しさが伝わってきた。
「それじゃあ、一緒に行こう」
僕が手を差し出すと、しばらく彼は沈黙した後、僕の手を取った。
「ん」
僕は彼と話せたことが嬉しくて、自然と笑ってしまった。
僕は生まれた時から目が見えなかった。
けど、不幸ではない。
何故なら僕の視界は光で溢れている。温かな灯火がたくさん僕の周りにともっている。
僕は生まれた時からこの灯火に囲まれていた。これが誰かの心の灯火だと気付いたのは、大きくなってしばらく経ってからのことだ。
僕は生まれた時から目が見えなかった。
世界の輪郭も色も、誰かの表情も僕にはわからないけれど。
僕は世界が優しいことを知っている。
【心の灯火】
ずっと開けないLINEがある。
それに既読をつけたら返事をしなければならない。
返事をしなくても、読んだことが相手に知られた時点で、私の止まっていた感情は答えを出さなければならない。
受け入れるか、拒絶するか。
さよならするか、追い縋るか。
そんな醜い自分に会いたくない。
でも開かずにしらばっくれるほど図太くもない。
開けないLINEはまるで重りのようだ。
軽やかな音の通知音が鳴るたびに、私は重りの存在を思い出す。
今日こそは解き放とうと決意をしてみたり、でも、できなかったり。
【開けないLINE】
人と目を合わせられないし
面白い話題も振れないし
流行にも疎いし
何より上手く話せない
それなのに
いっちょまえに寂しさは感じる
こんな不完全な僕を
受け入れてほしいっていう
夢ばかり見てる
【不完全な僕】
彼が迂闊にも送ってきた結婚式の招待状。
彼がくれた甘い香りを吹きかけて。
行ってやろうと思ってる。
馬鹿なあいつが自分の結婚相手に。
同じ香水を贈っていなきゃいいけれど。
まあ私には関係ないわよね。
【香水】
そこに。
言葉はいらない、ただ・・・触れるだけでいい。
ただそれだけができれば。
このゲームは終われる。
「ぎゃー!? 何か毛があるっ! モフっとした感触がある~!」
「大丈夫だって。危ないものは入ってないから」
「絶対だな。その言葉、信じるからな!」
出題者は椅子に腰かけながら優雅に頷いている。
私は再び箱の左右側面にあいた穴に腕を突っ込んだ。誰だよ。文化祭の出し物に中身当てクイズなんて案を出したの。
早く終わらせたい一心で、私はとうとう覚悟を決める。生物なんか入ってたら目の前のこいつを殴ってやろうと、固く心に誓いながら。
【言葉はいらない、ただ・・・】