天気予報によると、今日は雨が降るらしい。目覚めてから窓を開けてみると、そんな予報が嘘かのように陽射しが照っている。
もしかしたら、これから天気が崩れるのかもしれない。けれど、そうじゃないかもしれない。
さて、どうしよう。今日は傘を持っていくべきか否かと悩むが、ここは無難に折りたたみ傘を鞄に入れておくことにした。
本日は二人の友人と待ち合わせをしていた。集合場所に着いてみると、見知った姿が二つ、すでに並び立っては何やら会話に耽っているようだ。駆け足で近付き待たせたことを謝るも、二人は気にしていないというように首を振った。
では行こうかというところで、ふと二人の友人の対照的な姿が目に付く。一人は財布とスマホくらいしか入らないだろう小さなウエストポーチのみを引っ提げ、もう一人は中くらいのリュックを背負いつつ、片手には大きめの雨傘を携えていた。こちらの視線に気付いたのかウエストポーチのみの友人が、傘を持った友人のことを指差す。
「あっ、お前も思った? いくら今日は雨が降るって言っても、今はこんなに晴れてるんだから、大きな傘なんて荷物になるって、さっき言ってたところなんだ」
確かに雨が降っていない時に、長さも大きさも嵩張る傘を手に持つというのは、自分だったら面倒に感じるような気がする。
そんなこちらの懸念をよそに、傘を持つ本人は「いいの、いいの、これは俺が好きでしていることだから」と、何ともあっけらかんとしていた。
本人が良しとするなら、こちらがこれ以上言うことはない。では行こうかと互いに頷き合い出発した。
今日は電車やバスを乗り継いで、いくつかの場所を訪れる予定でいた。ルートは順調に進み、そろそろ昼食にしようかと思う頃、晴れていたはずの空に、どんよりとした灰色の雲が立ち込め始める。案の定、昼食を終えた後には大粒の雨が降り始めていた。
「ちょっとコンビニで傘買ってくるわ」
雨天の空を見上げたウエストポーチの友人が、昼食を終えた店の軒先で近くのコンビニまで走り出そうとする。やはり彼は傘自体を所持していなかったらしい。
「わざわざ行かなくていいよ。俺、傘、持ってるから」
「いやいや、いいって。入れてもらうのも悪いしさ。だいいち男二人で相合い傘したとこで楽しくもねぇし。せっかくお前がここまで苦労して持参した傘なんだから、半分ずつ使ってお前が濡れたら元もこもねぇだろ」
申し出を断った彼の眼前に、大きな傘がそのまま差し出される。
「これ、お前が使えよ」
「へっ?」
傘を差し出した友人は、柔和な笑みでそう告げる。
「それじゃあ、お前はどうするんだよ」
「大丈夫。もうひとつ持ってるから」
背負っていたリュックを下ろし、友人は中から折りたたみ傘を取り出すと、「だから遠慮なく使ってくれ」と、大きな傘をもう一人の友人の手へ強引に握らした。
「何で二つも持ってるの?」
折りたたみ傘があるなら、雨傘をわざわざ手に持つ必要もなかっただろう。そんな意味も込めて浮かんだ疑問を口にすると、リュックを背負い直した友人は少し考えるようにして空を見上げた。
「俺さ、こういうあいまいな空模様の日に出掛ける時は、傘を二つ用意するようにしてんの」
上向いていた視線をこちらへ戻し、友人は何の気なしに言い放つ。
「そうすれば雨が降った時、困っている誰かに貸してあげられるだろ」
そのためなら、俺の荷物がひとつ増えるくらい、どうってことないよ。
闊達な笑顔を浮かべながら、清々しいまでの友人の宣言は、今日のあいまいな空が霞むほどに晴れやかだった。
【あいまいな空】
雨の日が似合う花なんて、私くらいのものでしょう
俯いてしまいそうになるほどの、どんよりとした厚い雲の日にだって
私は私らしく咲き誇ってみせる
【あじさい】
あの子は僕のこと、好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い・・・・・・。
ぷちり、ぷちり、ぷちり、と花びらを毟って地面へ落とす。
もう何度こうして繰り返しただろうか。
僕が座り込む傍らには、雌しべだけになった花の残骸がこんもりと山となって積まれていた。
あの子はまだ僕のことを嫌いなままなのかな。
好きになってくれるなら、いつまでも待つつもりでいるけれど。
ねぇ、ねぇ。
そろそろ答えてはくれないか。
僕がどれだけ待ってるか、この花の残骸の重みを知れば分かるだろ?
そうして僕はうち捨てられた花たちのその下に、埋もれるように横たわっているはずのあの子へ、想いを伝えるべく問い掛けた。
【好き嫌い】
ここの角を曲がると、朝早くからやっているこぢんまりとしたパン屋がある。素朴ながら味わいのあるコッペパンに、シンプルな味付けのタマゴサラダを挟んだものが特に絶品で、僕はよくこれを購入しては、近くにある公園のベンチに座って、朝ごはん代わりに頬張っていた。
そうすると犬の散歩がてらに公園を訪れたのだろう年配のご婦人に、遭遇することがたまにある。僕はそのご婦人とは顔見知り程度の間柄にはなっていて、目が合うと互いに会釈を返したり、距離が近いと挨拶を交わしたりと交流を持つようになっていた。
僕はこの街で様々なものを発見した。
僕好みの炒飯を出してくれる中華屋さんに、ジャンルが豊富な本屋さん。店員さんが丁寧な接客をしてくれるカフェに、風邪をひいた時にお世話になった街中の小さなクリニックなど。
この街に引っ越してきてはや数ヶ月──。今日はどんな街の一面に出会えるかな。
【街】
生きているうちにやりたいことを思い付くだけ挙げてみようと、まっさらなノートを机に広げて考えてみる。
考えに考えて、五つくらいなら何とか挙げることができたが、それ以上となるとどうにも思い付かない。こんなに私の想像力は貧相だったか、はたまた好奇心とやらが薄いのか。
「なぁにやってんの?」
後ろから突然声を掛けられる。考えることに集中していたせいで、部屋に誰かが入って来たのにも気付けなかった。
「生きているうちにやりたいことリスト? ・・・・・・え、なに、これ?」
「ちょっと、勝手に見ないでよ!」
慌てた私はリストを覆い隠すように体を丸める。
「何でそんなもの書いてるの?」
「別にいいでしょ。単なる気まぐれよ」
「・・・・・・ふーん」
さっさと出て行ってほしい。私がそう思っていると、「生きているうちにしたい割りには、少なくない?」と、まさに悩んでいたことを指摘される。
「まだ書いてる途中だから」
「いや、さっき明らかに手、止まってたじゃん」
くっ、こいつはどこまでこちらの図星をついてくるのか。
「あっ、そうだ!」
私が悔しさに歯嚙みしている間に、持っていたペンを相手に取られた。こちらがすかさず抗議しようとしたところで、「これも付け加えといて」と、勝手に割り込みノートにサラサラと文字を綴っていく。
私はそれを読むと、一瞬だけ思考が停止する。
「何これ。全部あんたと何かをすることばっかじゃん!」
ノートを思わず鷲掴んだ私は文句を告げる。
「誰かと一緒にやったほうが、楽しいじゃん。それに──、そのほうがやりたいこともいっぱい浮かぶでしょ」
そう言われて私は、はたと気付く。
あんなに思い付かなかったやりたいことが、友人や家族の顔と一緒になって、一気に閃いた。
【やりたいこと】