大地に寝転んで空を仰ぐ。
流れていく雲を指さして、その輪郭を辿るように掲げた指を動かして、そうして僕は様々なことを想像する。
あの雲はライオン。勇ましい百獣の王。立派な爪と牙に、猛々しい鬣を振り翳し、頂点に君臨し続ける。
あの雲はゾウ。何事にも動じない巨大な体躯の内側に、熱く滾るものを持つ。きっと暴れたら一番手がかかる。怒らせてはならない静かなるドン。
あの雲はウサギ。ふわふわで愛らしく、誰もに可愛がられる。けれど、とても強かで、生きるためにがむしゃらに跳びはねる。見た目と中身のギャップが堪らない。
あの雲はサル。知能に長けて、狡猾でずる賢い。そのくせ、愛嬌も忘れない世渡り上手。僕のちょっとしたお気に入り。いつかこいつに似たもっと知能の高い生命を想像してみてもいいかもしれないと、実は秘かに画策してる。
そこまで描いて僕は一息つく。掲げていた指を下ろし、寝転んでいた姿勢から起き上がった。
さあ、今日はここまで。
僕は今日の仕事ぶりに満足する。
空には僕が想像した様々な生き物の形をした雲が浮かんでいる。
空は僕のキャンバス。雲はさしずめ絵の具かな。色はまあ、ついていないけど、それはまた後で考えれば良いよね。
ここに描いたことをこの大地に実現するまでが僕の役目。本当に大変だけど、空はまだあんなに広いし、雲も充分過ぎるほど足りてるし、何より僕はこの大地が好きで、この仕事に誇りを持ってるから、全然苦ではない。
さあ、明日は何を創造しようかな。
【大地に寝転び雲が流れる・・・目を閉じると浮かんできたのはどんなお話?】
優しさって当たり前じゃないんだよ
人に優しくするって
勇気がいることなんだ
そんなことも分からずに
私は貴方の優しさに甘えていたね
ごめんね
どうしようもなく鈍い私で
今さらこんなことを言っても遅いかもしれない
けれど言わせてほしい
ありがとう
貴方が差し出してくれた手を
今度は私が誰かに伸ばすよ
【「ありがとう」そんな言葉を伝えたかった。その人のことを思い浮かべて、言葉を綴ってみて。】
優しくしないで
そう言って突き放すくせに
僕の前で涙を見せるのは
狡いんじゃないのか?
【優しくしないで】
絵を描いている途中で手が止まる
思ったような色にならない
ああでもない
こうでもない
悩みながら色を混ぜていくけど
何だか違う
何度も何度も試行錯誤を繰り返し
ようやく求めていた色を作り出せた
良かったと達成感に包まれた私の周りには
気付けばいつの間にかたくさんの色が咲き誇る
それはなんともいえないほどの鮮やかさで
私の視界をカラフルに染め上げた
【カラフル】
この汚らわしい化け物め。
おぞましい悪魔の子め。
寄るな。見るな。口をきくな。
なぜお前みたいな醜いものが生きている。
お前なんぞが生きていい場所が、この世にあると思うのか。
「さんざんそんなことばかり言われてきたよ」
彼が感情の読み取れない淡々とした口調でそう告げる。
「それは・・・・・・、悲しかったね」
「さあ、どうかな。最初はそうだったのかもしれないけれど、言われ過ぎるとそんな気持ちがあったのも忘れてしまったよ」
景色を一望できる小高い山の上。私の隣に並んで立つ彼は、そこから見える遠くの町並みへと思いを馳せていた。
彼が生まれた場所。
彼が育った場所。
けれど、決して彼を受け入れてくれなかった場所。
彼はその場所をぼんやりと眺めながら呟いた。
「僕はね、きっとずっと前から死にたかったんだと思うんだ」
そう言った彼の声はどこか安心しているようだった。
「でも自分では自分を殺せなかった。何でかな。生きている意味も生きたいという意思も別になかったはずなんだけど」
私は思わず横に佇む彼の手を取る。人と比べると少しだけ形が歪み、大きく鋭い爪を持つ、けれど、たったそれだけしか違わない、あたたかな温度の彼の手を。
「私も貴方と同じだよ」
彼は私を振り返る。柔和な顔つきに片目だけがぎょろりと赤い。その赤い目が、それでも穏やかに私を見つめる。
「私もたくさんの人に、化け物って呼ばれてきた」
私はずっとひとりぼっちだった。
私は私がどうして生まれたのか知らない。
ただ気付いたらこの世界にいて、いつまでも変わらぬ姿のまま、今日この日まで生き続けてきている。
「他の人にとって、私はただ存在しているだけで、恐ろしいみたい」
難しいね、生きるのって。
何かをしても、しなくても、間違いって言われるんだもの。
でも、私はどうせ死ぬことはできないから。
だから、こうして長い間、旅をし続けて来たの。
私の語った言葉に、彼は歪な目付きを細めてニコリと笑う。
「そうか。君は僕と違って、そんなにも美しいのにね」
ホントおかしな世界だね。
歪でも美しくてもダメだなんて。
「でも僕は、君と出会えて良かったよ」
だって初めて世界が、ちょっとだけ美しいと感じることができたもの。
「うん。私も。貴方と巡り会えて良かったよ」
だって初めて世界が、ちょっとだけ優しいものに感じられたもの。
私と彼は互いに手を繋ぎながら目を合わす。
「貴方がいてくれるなら、きっと私はこの世界を好きになれると思うわ」
はっきりと言葉にできた。これが私の今の気持ちだったから。
「・・・・・・そうか。それなら僕はこの命が尽きるまで、君とずっと一緒に居よう」
君とこの世界を旅していけば、いつか僕もこの世界を好きになれるかもしれない。
好きになったら辿り着けるかな。
こんな僕でも生きていいと思える、悲しみの何ひとつない、楽園に。
【楽園】