この汚らわしい化け物め。
おぞましい悪魔の子め。
寄るな。見るな。口をきくな。
なぜお前みたいな醜いものが生きている。
お前なんぞが生きていい場所が、この世にあると思うのか。
「さんざんそんなことばかり言われてきたよ」
彼が感情の読み取れない淡々とした口調でそう告げる。
「それは・・・・・・、悲しかったね」
「さあ、どうかな。最初はそうだったのかもしれないけれど、言われ過ぎるとそんな気持ちがあったのも忘れてしまったよ」
景色を一望できる小高い山の上。私の隣に並んで立つ彼は、そこから見える遠くの町並みへと思いを馳せていた。
彼が生まれた場所。
彼が育った場所。
けれど、決して彼を受け入れてくれなかった場所。
彼はその場所をぼんやりと眺めながら呟いた。
「僕はね、きっとずっと前から死にたかったんだと思うんだ」
そう言った彼の声はどこか安心しているようだった。
「でも自分では自分を殺せなかった。何でかな。生きている意味も生きたいという意思も別になかったはずなんだけど」
私は思わず横に佇む彼の手を取る。人と比べると少しだけ形が歪み、大きく鋭い爪を持つ、けれど、たったそれだけしか違わない、あたたかな温度の彼の手を。
「私も貴方と同じだよ」
彼は私を振り返る。柔和な顔つきに片目だけがぎょろりと赤い。その赤い目が、それでも穏やかに私を見つめる。
「私もたくさんの人に、化け物って呼ばれてきた」
私はずっとひとりぼっちだった。
私は私がどうして生まれたのか知らない。
ただ気付いたらこの世界にいて、いつまでも変わらぬ姿のまま、今日この日まで生き続けてきている。
「他の人にとって、私はただ存在しているだけで、恐ろしいみたい」
難しいね、生きるのって。
何かをしても、しなくても、間違いって言われるんだもの。
でも、私はどうせ死ぬことはできないから。
だから、こうして長い間、旅をし続けて来たの。
私の語った言葉に、彼は歪な目付きを細めてニコリと笑う。
「そうか。君は僕と違って、そんなにも美しいのにね」
ホントおかしな世界だね。
歪でも美しくてもダメだなんて。
「でも僕は、君と出会えて良かったよ」
だって初めて世界が、ちょっとだけ美しいと感じることができたもの。
「うん。私も。貴方と巡り会えて良かったよ」
だって初めて世界が、ちょっとだけ優しいものに感じられたもの。
私と彼は互いに手を繋ぎながら目を合わす。
「貴方がいてくれるなら、きっと私はこの世界を好きになれると思うわ」
はっきりと言葉にできた。これが私の今の気持ちだったから。
「・・・・・・そうか。それなら僕はこの命が尽きるまで、君とずっと一緒に居よう」
君とこの世界を旅していけば、いつか僕もこの世界を好きになれるかもしれない。
好きになったら辿り着けるかな。
こんな僕でも生きていいと思える、悲しみの何ひとつない、楽園に。
【楽園】
4/30/2023, 10:44:19 AM