絵を描いている途中で手が止まる
思ったような色にならない
ああでもない
こうでもない
悩みながら色を混ぜていくけど
何だか違う
何度も何度も試行錯誤を繰り返し
ようやく求めていた色を作り出せた
良かったと達成感に包まれた私の周りには
気付けばいつの間にかたくさんの色が咲き誇る
それはなんともいえないほどの鮮やかさで
私の視界をカラフルに染め上げた
【カラフル】
この汚らわしい化け物め。
おぞましい悪魔の子め。
寄るな。見るな。口をきくな。
なぜお前みたいな醜いものが生きている。
お前なんぞが生きていい場所が、この世にあると思うのか。
「さんざんそんなことばかり言われてきたよ」
彼が感情の読み取れない淡々とした口調でそう告げる。
「それは・・・・・・、悲しかったね」
「さあ、どうかな。最初はそうだったのかもしれないけれど、言われ過ぎるとそんな気持ちがあったのも忘れてしまったよ」
景色を一望できる小高い山の上。私の隣に並んで立つ彼は、そこから見える遠くの町並みへと思いを馳せていた。
彼が生まれた場所。
彼が育った場所。
けれど、決して彼を受け入れてくれなかった場所。
彼はその場所をぼんやりと眺めながら呟いた。
「僕はね、きっとずっと前から死にたかったんだと思うんだ」
そう言った彼の声はどこか安心しているようだった。
「でも自分では自分を殺せなかった。何でかな。生きている意味も生きたいという意思も別になかったはずなんだけど」
私は思わず横に佇む彼の手を取る。人と比べると少しだけ形が歪み、大きく鋭い爪を持つ、けれど、たったそれだけしか違わない、あたたかな温度の彼の手を。
「私も貴方と同じだよ」
彼は私を振り返る。柔和な顔つきに片目だけがぎょろりと赤い。その赤い目が、それでも穏やかに私を見つめる。
「私もたくさんの人に、化け物って呼ばれてきた」
私はずっとひとりぼっちだった。
私は私がどうして生まれたのか知らない。
ただ気付いたらこの世界にいて、いつまでも変わらぬ姿のまま、今日この日まで生き続けてきている。
「他の人にとって、私はただ存在しているだけで、恐ろしいみたい」
難しいね、生きるのって。
何かをしても、しなくても、間違いって言われるんだもの。
でも、私はどうせ死ぬことはできないから。
だから、こうして長い間、旅をし続けて来たの。
私の語った言葉に、彼は歪な目付きを細めてニコリと笑う。
「そうか。君は僕と違って、そんなにも美しいのにね」
ホントおかしな世界だね。
歪でも美しくてもダメだなんて。
「でも僕は、君と出会えて良かったよ」
だって初めて世界が、ちょっとだけ美しいと感じることができたもの。
「うん。私も。貴方と巡り会えて良かったよ」
だって初めて世界が、ちょっとだけ優しいものに感じられたもの。
私と彼は互いに手を繋ぎながら目を合わす。
「貴方がいてくれるなら、きっと私はこの世界を好きになれると思うわ」
はっきりと言葉にできた。これが私の今の気持ちだったから。
「・・・・・・そうか。それなら僕はこの命が尽きるまで、君とずっと一緒に居よう」
君とこの世界を旅していけば、いつか僕もこの世界を好きになれるかもしれない。
好きになったら辿り着けるかな。
こんな僕でも生きていいと思える、悲しみの何ひとつない、楽園に。
【楽園】
日々の不安も
将来の恐怖も
絡み付くしがらみも
押し付けるような重圧も
全て捨て去り
風に乗って飛んでいけるくらい
軽くなりたい
【風に乗って】
周囲からのアドバイス
自分が熟考した上で出した結論
諸々の思考や反射神経
生存本能など
こういった様々ある僕を動かす原動力の中で
心という僕にとっていちばん不可解な部分が
いちばん躊躇わずに動いた瞬間は
僕にとって何にも代え難い結果を生み出す
反省することはもちろんあるかもしれませんが
後悔はありません
【刹那】
「ちょいと、そこのお兄さん!」
ある日、僕は威勢のいい声に後ろから呼び止められた。
振り返るとそこにフードを目深にかぶって片手に木の杖をついたお婆さんが立っていた。
僕は両目をぱちくりとさせたあと目を擦る。
まるで絵本にでも出てくる年老いた魔女みたいな格好をしていたから、いっしゅん目を疑ってしまったのだ。
「・・・・・・何をそんな呆けた顔をしてんだい」
「あ・・・・・・、いえ、ちょっと目眩が」
「若いくせに情けないこと言ってんじゃないよ」
腰が曲がった小柄なお婆さんは、それでも声と態度だけは喧しく、覇気のない返事をした僕を、「フンッ!」と荒い鼻息を鳴らしながら鋭く睨めつけた。
「あの、それで・・・・・・、僕に何かご用ですか?」
「あんたにちょっくら頼みたいことがあってね」
「はい?」
何だろう。僕にできることなんて、たかがしれていると思うんだけど。
「ほれっ!」
お婆さんは僕に片手におさまるくらいの小さな巾着袋を差し出した。僕は訳も分からずそれを受け取る。
「・・・・・・あの、これは?」
「私が育てた花の種だ」
お婆さんは堂々と言い放つ。
「えっと、これを僕にどうしろと?」
「あんたがここぞと思った場所に蒔いてほしい」
僕は訳が分からなかった。
「どうして僕なんかに?」
お婆さんは持っていた杖をトンと地面に打ち付ける。
「何となくだよ。強いて言えばこの辺りであんたがいちばん生き方に迷ってるみたいだったからさ」
僕は口をぽかんと丸くする。僕の心情を知ってか知らずかお婆さんは続けた。
「種を蒔くっていう目的がひとつできれば、少しは迷いも晴れるかと思ってね」
お婆さんはニッと唇を上げながら、「じゃあ頼んだよ」と手だけを振って、くるりと踵を返した。
僕はそんな豪快な老婆の勇ましい足取りを見送りながら、この種はどんな花が咲くんだろうとふと想像した。
【生きる意味】