限界受験生

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8/17/2025, 1:36:37 PM

終わらない夏


「先生、僕、夏は嫌いです。」

朝の診察で病室に入るなり、起き上がったベットの背もたれに寄りかかる彼は言った。彼の腕に繋がれている点滴の滴下液が規則正しいリズムで滴下する。

すぐ近くから聞こえる呼吸音は、生きてるっていう証で。
彼もずいぶんと大きくなったなぁ、と考えた。

「なんで嫌いなの?夏。」

ベットの横に置いてある丸椅子に腰掛けて、俺は青年に質問した。
彼はぷいと窓側を向いて頬っぺたを膨らませた。

「だって、夏はしたい事が沢山あるのに、1つも出来ないんだもん。」

「例えば何がしたい?」

「海に行って泳いだり、虫取りをしたりしたい。叶うのか、、分からないけれど、」

「そっか........」


彼の目は悲しそうな寂しそうな、そんな目をしていた。
そっか、そりゃあそうだろう。
彼は幼い頃から重い病気を患っていて今まで病院で過ごしっぱなしだったのだから。もう10何年の付き合いだった。

青年はそのまま俯いてしまい、


「でも大丈夫。まだ夏は始まったばかりだし、2週間後には花火大会だってあるし。俺たち先生方も付いてるんだから!」

「、うん」





きっと、彼も分かっている。

彼の病気は治せないから、夢は叶うことがないって。



この繰り返される闘病生活での夏が終わらないってことを。






8/16/2025, 3:37:20 PM

遠くの空へ




「ケホッケホッ、」

ある病院の屋上。水色の患者衣を身にまとったか細い青年が、体を丸くして激しく咳き込んだ。上手く呼吸ができず、身体が酸素を求める。
思わず青年はおろおろとその場にしゃがみこみ、深く深呼吸をした。艶のあるウルフカットの横髪が目元を覆った。

「はぁ、はあっ、」

なんとか立とうと右手に力を入れて踏ん張る。
右手からクシャリという音がなり、自分が右手に何かを握っていたことを思い出した。

彼は白くて骨っぽい右手を開くと、そこには折り紙で折られた紙飛行機があった。

これは小児科で毎月ひとり一個折っている紙飛行機で、看護師さんが「今月の分よろしくね」と言って1枚折り紙を置いていく。彼も最初は上手く折れなかったけれど、慣れて、今では点滴で動かしにくい腕でも器用に折れるようになっていた。

「いつまで飛ばせるかな、」

屋上の柵に掴まりながら何とか立ち上がった青年は紙飛行機を、遠くの青い空に向かって飛ばした。

ビルや住宅が建ち並んでいて、最高の眺めだった。彼にとって、この景色を眺めることが、いつしかの生きる希望となっていた。

髪の毛が夏の爽やかな風で靡く。頬を掠める。


どこまでも続く青い空。



青年は遠くの空に飛んでいく紙飛行機を、ずっと見つめていた。