遠くの空へ
「ケホッケホッ、」
ある病院の屋上。水色の患者衣を身にまとったか細い青年が、体を丸くして激しく咳き込んだ。上手く呼吸ができず、身体が酸素を求める。
思わず青年はおろおろとその場にしゃがみこみ、深く深呼吸をした。艶のあるウルフカットの横髪が目元を覆った。
「はぁ、はあっ、」
なんとか立とうと右手に力を入れて踏ん張る。
右手からクシャリという音がなり、自分が右手に何かを握っていたことを思い出した。
彼は白くて骨っぽい右手を開くと、そこには折り紙で折られた紙飛行機があった。
これは小児科で毎月ひとり一個折っている紙飛行機で、看護師さんが「今月の分よろしくね」と言って1枚折り紙を置いていく。彼も最初は上手く折れなかったけれど、慣れて、今では点滴で動かしにくい腕でも器用に折れるようになっていた。
「いつまで飛ばせるかな、」
屋上の柵に掴まりながら何とか立ち上がった青年は紙飛行機を、遠くの青い空に向かって飛ばした。
ビルや住宅が建ち並んでいて、最高の眺めだった。彼にとって、この景色を眺めることが、いつしかの生きる希望となっていた。
髪の毛が夏の爽やかな風で靡く。頬を掠める。
どこまでも続く青い空。
青年は遠くの空に飛んでいく紙飛行機を、ずっと見つめていた。
8/16/2025, 3:37:20 PM