寒さが身に染みて
昔、長野に住んでいたとき
天気がとてもよいのに太陽の熱が全く地上に届かないことを不思議に思った。
冷たい空気がダウンコートの隙間を突き抜けて刺してくるような感覚。
冷たいを通り越して痛い。
なのに、空は晴天だから脳がバグってしまう。
幼少期を過ごした日本海側は冬の間はずっと暗雲の空なのだ。
高校3年生のとき、通学時間の午前7時台はまだ暗くて朝日がなかった。
ガタゴトとサラリーマンたちと一緒にバスに揺られる。もちろん座る席はなくてつり革にぎゅっと力を込める。
『わたしたちは、なんでこんな箱に毎朝運ばれているのだろうか』と真剣に考えていた。
『なんのために大学受験をし、勉強しているのか?結局、着る服が制服からスーツに変わっていつまでも箱で運ばれるだけなのに。』と。
バスから降りれば、丘の上の学校まで徒歩で歩いて上って行く。
制服を着た生徒たちがアリの行列のように丘の天辺まで続いていた。
8時になっても外は暗くて、曇天の雲が見渡す限り。
地獄への道のように見えた。
重い教科書を背中に担いて、今日も学校へ行く。
軽く鬱っぽい思考になっていた。
日本海育ちには長野の晴れやかな寒空は悪くなかった。
本当に悪くなかった。
むしろ真っ白に輝く雪は美しくて勇気をくれた。
20歳はたち
私は二十歳になる2週間前に世の中を知った。
「世の中では理由もなく嫌われることがあるのだ」と
「他人のことなどさして気にしていないし、困っている人がいても下手に関わりたくないものだ」と。
それは私には必要な知識で
乗り越えなければならない苦しみだった。
大学で合気道部に入部し、同期の女子は3人だった。
半年ほど経ってから、ある一人に嫌われるようになった。
関節技で畳をタップしても技を止めてくれなかったり、関節の固い私を嘲笑うようにため息を吐いたり、
逆に身体の柔らかい彼女は私の技をすり抜けるようになった。
話しかけても素っ気ないし、グループでいるときなんかは私を空気のようにいないものとして扱った。
目を合わせることもなければ、笑顔を向けることもない。
あからさまな態度に私は衝撃を受けた。
19歳にもなって、こんな小学生みたいなことをする人がいるんだと。
私は何をしたんだろう?
1日の中でそれを考える時間がどんどん増えていった。
周りの部員に私たちの不仲はどう写っているのだろうか?迷惑じゃなかろうか?
私は二十歳になる前に、彼女と会談の場をもうけることにした。
「私、なにかした?なんで避けるの?何が気に食わないの?」と。
彼女のアンサーはこうだった。
「してないし。先に避けて話しかけてこないのはそっちじゃん。」と。
話は平行線で何も解決はしなかった。
私は人生で初めてカウンセラーのカウンセリングを受けた。
大学には担任の先生なんていう相談機関はなかったのだ。
カウンセラーにことの顛末を話しきるとカウンセラーはこう言った。
「長年、カウンセリングをしていますが、
あなたの話しぶりはまるで親に嫌われた子供のように深刻な話しぶりですね。
友人一人に嫌われたくらいいいじゃないですか。
他に友だちは沢山いるんでしょう。」
冷たいような反応だったが、私の悩みはそれで吹き飛んだ。
『そうだよね。親に嫌われたわけじゃないもんね』と。
単純だった。
「理由もなく、人を嫌う人は沢山いますよ。
生理的に無理だったり、過去の出来事とあなたを重ねて嫌悪しているのかもしれない。
あなたが頑張って解決できるものではない。
これからはそういう人もいると受け入れて、そういう人とは関わらないように上手に距離をとりながら生きる方法を考えた方が有意義ですよ。」
「まわりが困っているあなたを助けてくれる、というのもあなたの期待なんです。あなたは勝手に期待して、勝手に裏切られたと思っている。普通の人は他人のトラブルにできるだけ巻き込まれたくないと思っているはずなんです。それが普通だと知った方がいい。そんな白馬の王子なんていないんですよ。」と。
そうなんだ。と悲しくもあり、当時の私には笑える回答だった。
『私は悪くない。みんなは彼女に振り回されている私に同情してくれているはずだ。さらっとスルーして楽しくみんなと過ごした方がスマートで格好いい。』
そう思うことにして自分を守った。
私はその一週間後に、考え方を改めて二十歳を迎えたのだ。
君と一緒に
人生をともにできるのか。
悩ましい。
冬晴れ
後で書きます。
幸せとは
お見合い相手と初詣デートだった。
人生で初めての初詣デート。
婚活疲れの身でも、前日の夜は少しは浮かれた。
彼とはもう2ヶ月続いていて、そろそろ正式なお付き合いを考えてもいいかなという時期だった。
初詣の神社は縁切り神社ともいう別名があり、
うまく行くカップルはご加護をもらえ、
良くないカップルは後腐れなく縁を切ってくれるらしい。
こちらの出身ではない彼は多分そんなことは知らなかったはずだ。
参拝のあとにおみくじを引いた。
私のおみくじには、『うまく整う。しかし、表面上は合うが、中身はそうでもない。』と書かれていた。
彼のおみくじには、『一時の感情に流されるな、よく考えて進め。』というようなことが書いてあった。
おみくじの助言に左右される年齢でもないので、二人でおみくじを結んでその場をあとにした。
そのあと彼と行ったカラオケBOXで、彼と名前の呼び方の話しになった。
私は正直に「まだ付き合ってないのに、なんで?」という反応を返した。
彼は「正直、僕らの関係をどう思っているのか?」と聞いてきた。
私は言葉を選んで正直に伝えた。
「前に気の合う彼氏に痛いフラれ方をしたから、それ以降自分から積極的な婚活はしていない。だから、よいご縁があれば大切にしたいと思っている。あなたと過ごす時間は楽しくて、このご縁はラストチャンスかもしれないと思っている。」と。
彼はなんて言ったと思う?
「僕は今まで誰とも付き合ったことがなくて、正直よく分からない。これまで7人の女性とお見合いをしたけれど、2ヶ月も続いたのはあなただけでとても毎回のデートを楽しいと思っている。正直、友だちのままずっとこの関係でいたいと思う。結婚相手としては正直迷っている。気を悪くしないでほしいんだけど、正直あなたは見た目が成長していないところがあってそこでもっと他にいい人がいるんじゃないかと思っている。」と。
私の驚きが想像できるだろう?
『え?
見た目が成長していない?
どいうこと?
ブスってこと?
え、それ本人に言っちゃうの?
どういう男なのこれ?』
深く思ったのは『また、これか』という思いだった。
婚活において、条件、相性、見た目、沢山異性がいたら、より完璧でより理想の相手を求めたくなるのは分かっていた。しかも、婚活を始めたばかりの彼にとって、『今の人もいいけど、他にもいい人いるかもしれない』と考えるのは当然のことだ。
私自身そういう思考で今まで沢山のご縁を繋がなかった。
元彼にも見た目が理由で別れを告げられた。
同じ悲しみを2度も味わっている事実がショックだった。しかも、彼氏にさえなっていない相手に。
今回の私は後悔したくなったので、言い返した。
「そういうあなたの見た目は育ってるの?」と。
彼は「見た目は分からないけど、自分は話が下手だと思っていて」とおどおどし始めた。
確かに彼は私から比べると話しベタでオチのある面白い話はほとんど繰り出さないし、会話を長く繋げることもできず私が会話を引き取ることが多かった。
「じゃあ、その自分が気にしてることをお見合い相手に言われたらどう思う?」と詰めると、ついに「ごめんなさい。」と謝ってきた。
「話が下手なのは努力でカバーできるかもしれないけど、見た目は自分の力でどうにもできない問題だよね?それ言われるってショックだよ。」と伝えた。
彼は目の端に涙をためていた。
話を聞くと彼はこれまで人と深く関わって生きることを避けてきたらしい。学校でも一人でいることが多かった。一人でいる方が気楽だったそうだ。
周りに結婚する人が増え始めて初めて人と深く関わって来なかったことにコンプレックスを感じ始め変わりたいと婚活を始めたらしいのだ。
同い年にして、圧倒的な差があることを感じた。
『そういうあなたは内面が育っていないのでは?』
と怨み節を言いたくなったが、私は大人なのでそこまで刺すことはしなかった。
「私は見た目を内面でカバーできるように婚活をしてきたから、それを言われるのは私の内面を否定されたようでキツイ。けど、正直に教えてくれてありがとう。気持ちは分かった。迷う気持ちも分かる。私もそうだった。もし、他にいい相手がいるか探したいなら私との交際を終わらせてからにしてほしい。終わらせたら終わらせたで、私のことを後悔しないように婚活してほしい。」と聖人君子のようなことを言った。
私のプライドがそう言わせたように思う。
今の私は迷っている。
本音を漏らして謝罪した彼と幸せになれるのかどうか。
彼を尊敬できるのかどうか。
答えはまだでないけれど。