贈り物の中身
ずっ友の親友がいる。
家が近所で、仕事も一緒だ。
中学まで同じだった。
彼女は極端にプレゼントのセンスがない。
私は彼女の就職祝いに一万円の似顔絵スタンプを贈った。プロに似顔絵を描いてもらって、彼女のトレードマークのカエルのイラストも入れた。
喜んでくれたかは分からないが、かなり凝ったプレゼントであることには自負がある。
ところが、彼女が私の就職祝いにくれたのは、青色のバインダー1つだった。
確かに実用性はあるが、実習のために自分で購入したものと瓜二つだった。色なんて全く一緒だ。
そもそも値段差がかなりある。
私が大学院生の身分で贈ったものと、彼女が社会人2年目の身分で贈ったものとの差に正直思うところがあった。
とはいえ、そんなセンスのなさも長年の付き合いで彼女らしいと思えるようになっている。
世の中にはプレゼントのセンスがない人がいること身をもって学んだのだ。
なんとなく歳を重ねるにつれて、私と彼女の間ではプレゼント交換はしなくなった。
彼女も選ぶのに苦心するし、プレゼント1つでお互い気分悪く過ごしたくないからだ。
そんなこんなな距離感で彼女とは今でも仲良く関係が続いている。
凍てつく星空
学生時代にサークルのあと、星空を見に行ったことがある。
先輩の突然の思い付きで、夜22時、「山に夜空を見に行こう!」ということになった。
男の先輩の提案だったが、ロマンチックな雰囲気では全くなく、私と友人の3人で行くことになった。
先輩の趣味は車で、カーブを曲がる前にライトを消して対向車を確かめながら走る技を教わったり、カーブした道にあるタイヤ痕の意味などを教わりながら走った。
着いたのはスキー場の駐車場で、ちょうど冬だったから冬の第六角形を見ることができた。
友人が、男と女で星空を見る時間が違う異なる理由を考察していた。男は星空を一瞬見て、見た経験に満足するけど、女は長いこと星空を見つめて物思いにふけることで満足するのだ。というようなことを話しているのを先輩と一緒に夜空を見上げながら聞いていた。
私は変わり映えのしない星空に3人で会話を持たせようと、ポケットからスマホを取り出し、冬の第六角形がどれかを必死に探して声に出していた。
そういうあなたは男性脳かもしれないと友人に笑われた。
ちょうどクモの巣が闇夜に紛れて気が付かなくて、先輩に腕を取られたりしたことは今でも覚えている。
はっきりとドキッとしたのだ。
友人と駐車場にあるトイレに行って和式便所で用を足していると目の前の壁に「あなたのお◯んこ撮影中」と書いてあって、◯に当てはまるひらがなの意味を理解したときに悲鳴を上げて大騒ぎしたこともよく覚えている。
あのときは友人が大慌てで助けに来てくれた。
なんて最低なイタズラなのかと震えた。
そんな凍てつく星空を見に行った夜はきっと先輩の彼女とのデートプランの下見だったんだね、と友人とあとで話し合ったんだ。
失われた響き
インフルエンザで学級閉鎖になった。
授業がないから、年休をもらって去年まで勤めていた学校の合唱コンクールに行くことにした。
今年は3年生。
3月に涙のお別れをした人たち。
きっときっと、去年よりもパワーアップした合唱が聴けると思っていた。
中学校生活最後の合唱コンクールに今までの気持ちや思い出をぶつけるんだと思っていた。
びっくりした。
何があった、、、?歌ったらクラスでいじめられるの?死ぬの?
虚しく響くピアノの旋律。
夏休みにいっぱい練習したのに、みんなが歌わなくて可哀想。
もう私の知ってる彼らじゃないんだな、と思った。
霜降る朝
露と霜
空気中には含むことのできる水蒸気の限度がある。
これは気温が高いほど、多くの水を水蒸気として含むことができて、気温が低いと含むことのできる水蒸気は少ない。
朝は気温が低いから、含むことのできる水蒸気が少なくなり、限度を超えた分が水滴として現れる。
これが朝霧だったり、朝露だったりする。
子どもに露の正体を尋ねると、雨と言ったりするが、本当は水蒸気が凝結したものだ。
霜となると、さらに水蒸気が水滴を超えて結晶化したものだ。
小学5年生の「モチモチの木」というお話で、主人公が霜のおりた地面を裸足で走り抜いて足の裏が血だらけになったという描写があったように覚えている。
霜のおりたカチカチの針のような地面は痛かったに違いない。たしかそれは倒れたお爺さんに助けを呼ぶための勇気ある行動だった気がする。