『やわらかな光』
ああ‥イライラする。あまりにも理不尽な出来事に、自分の気持ちがちっとも収まらない。
今日に限らず時々同じ様な事が起こるのだけれど、根本的な解決方法が無く、いつも自分で自分を労うしかない。
このまま家に居ても気が紛れない。時計を見ると夜中の1時。だが外の空気が吸いたい。私はスマホだけ持って玄関を出ると、怒りに任せて歩き出した。
家並を抜け、田んぼ道をどんどん行く。灯りはスマホの小さなライトだけ。暫く何の音も無く、暗い中に身を置く内に徐々に冷静になってきた。
見上げるとと、空にはやわらかな光の月。
そろそろ家に帰ろうか。
『子供のように』
「早く寝なさい」
夜いつまでも起きていると、母からそう声が掛かった。まだ起きていたいのに‥と思いつつ布団に潜り込むと直ぐに眠りについて、気が付けば朝になっている。瞬きを一回するだけで、夜から朝になっているので、小さい私は本当は毎日寝てないんじゃないかと本気で思っていた。
夢を見る暇も無く、ぐっすりと寝ていた頃があったなんて今は想像も出来ない。毎日、睡眠時間を削りながらの忙しい生活に、最近は特にお疲れモードだ。
もしも子供のように振る舞えるなら、身体が欲するままに眠りたい。そしてもう一度、瞬きだけの睡眠を体感してみたい。
『放課後』
放課後、私は水くれ当番のみくちゃんと一緒に教室に残っていた。3年生になって、自分用の青い鉢に植えたホウセンカを眺めるのは毎日の楽しみだったが、水くれ当番は外水道が遠かった為あまりやりたくない作業だった。
2階の窓から真下を覗くと、クラスの鉢が校舎に沿って1列に並んでいるのが見える。2人で顔を見合わせよからぬ事を考える。
‥もうここから水を撒けばいいんじゃない?
それから2人でコップを使い、水をジャージャーと鉢に目掛けて流した。時々下教室の出窓に当たって上手く水が入らなかったがそのまま作業を続けた。
数分後、下の1年生の先生が顔やメガネに水しぶきを浴びた姿で怒鳴りこんでくることを、2人はまだ知らない。
『狭い部屋』
また揺れた。大きな地震から一夜明け、まだ余震が絶え間なく続く。何かあったら直ぐ動けるように、昨夜は家族全員でひとつの部屋で過ごした。
「恐い‥」小さな弟が母にしがみつく。大丈夫と言う母も不安気だ。築60年の我が家、古い家屋に強い揺れが危険なのは私にも分かる。すると父が「心配するな。昔おじいちゃんが言っていただろう?この家で一番安全なのは狭い部屋だって」
今度は更に大きく揺れた。皆、悲鳴を上げてうずくまる。少し揺れが弱くなった時父が部屋を出ながら「さあ、こっちだ!」と叫んだ。
「母さん、もっと奥へ!」
「おばあちゃん、早く!」
数分後、トイレの中に家族6人ギッチギチに収まった。
『失恋』
「ねぇ、2人は付き合ってるんでしょう?」
教室でいきなり美咲にそう聞かれた。私には入学時、たまたま席が隣り同士で思いの外仲良くなった男友達が居る。2人でよく話しもするし一緒に帰る事もあるけれど、そう言う関係では無い。
「え?本当に?」美咲は納得いかない顔をしている。が、例えば告白したとかされたとか、そう言う事は一切無いのだ。あ、だけど交換ノート的なことはしていると言うと「今時、ラインじゃ無くてノート!?しかも手書きを手渡しって、愛がなきゃ出来ないじゃん!」
もしかしたら彼は付き合ってると思ってるかも、一度確かめた方がいいよと美咲が言う。何度もそう言われ、何だか段々そうした方がよい気がしてきた。
なので交換ノートに「私はもしかして彼女なの?」と書くと「違う」と素っ気ない返事が。
‥何だこの気持ち。付き合って無いけどまるで失恋した気分だ。