『大切なもの』
祖母はいつもつげのくしを手にすると「これは大切なものだから」と言いながら使っていた。
祖父から贈られた数少ない物の1つで、祖父が亡くなってからはなおのこと大事にしていた。
そんな祖母も亡くなり出棺の日、皆で祖母の周りに白菊を添え、趣味で作っていた人形や家族の写真を置いた。滞りなく祖母を見送り少し落ち着いた夜
ふと気付いた。大事なつげのくしを入れ忘れた!
あんなに大事にしていたのにどうして入れ無かったんだろう‥。慌てて祖母の部屋のへ行き、鏡台の引き出しを開けると、あるはずのくしが何故か無かった。大切なものだから祖母は自分で持って行ったのだろうか‥。
『エイプリルフール』
眠れない夜、時々ネットで知り合った彼女と他愛もない話しをする。会話上手な彼女はいつも楽しくて気付くとあっという間に時間が過ぎていた。
ところがある日、偶然彼女の別垢を見付けてしまった。書き込みを覗くと名前こそ伏せてあるものの、明らかに自分を誹謗中傷している。最初は思い当たる節もなく言われる事に抵抗があったが、それ以上に楽しさが勝ち、だったら自分が見なければいいと割り切った。
今夜も彼女と楽しい時間を過ごした。
よせば良いのにまた彼女の別垢を覗く。
「いつまで話してるの?ほんとウザい」
今日はエイプリルフール。彼女の言葉は嘘だと思いたい。
『ないものねだり』
「もう!私の髪の毛ってどうしてこんなに
枝毛だらけなの!」
「そんな事無いわよ。蘭の髪はとっても綺麗よ」
「おばあちゃんは枝毛が無いから
そんな事言えるんだよ!」
「あら、おばあちゃんだってこんなに白髪で‥
蘭みたいな長い黒髪が羨ましいわ」
「でもおばあちゃんは切れ毛も無いじゃん!」
「おいおい朝から騒がしいな。じいちゃんは
2人の髪があんまりフサフサで羨ましいぞ」
『好きじゃないのに』
私の名前は河野 鮎。
自己紹介すると大体皆に直ぐ覚えて貰える。
そして何処でも同じような事を聞かれる。
「もしかしてお父さんて釣りが趣味?」
「お母さんは魚料理が得意とか?」
「鮎さんて、アユ食べるの好き?」
実はどれもこれも当てはまら無い。
お父さんは釣りはやらないし
お母さんは魚料理は苦手だ。
全部違うよの答えに、皆の「えー‥」迄の
やり取りがいつものセット。
でも最後に言うの。
私はアユは好きじゃないのに
自分の名前は大好きだよ。
『ところにより雨』
天気予報は晴れのち曇り、ところにより雨。
ここは雨が降るだろうか、それとも降らない
だろうか‥。今日の微妙な天気に空を見上げる。
そうでなくても日照時間の少ない地域、
今の晴れ間に少しでも外に洗濯物を干したい。
もし雨が降ったらまた洗い直しだな‥と
思いつつ庭に洗濯物を出す。
これから出掛けて帰りは午後3時。
それまで天気がもつかもたないか。
この勝負、私は勝つ事に賭ける。