君に会いたくて、どうしようもなくて
君から連絡が来る度に
「もしかしたら」と期待する。
だけど、それが叶うことはなくて、
心苦しさだけが胸の中に募る。
届かないことくらい、わかっているはずなのに
諦めきれないくらい、君のことが好きなのは
あの日、握ってくれた手が暖かかったせいなのかもしれない。
きっと「これ」を書き終わってしまったら
わたしは泡沫となって消えてしまう。
「これ」の物語は1秒ごとに終わりへ進み、
息をする度に「そこ」から言葉たちが零れ落ちていく。
わかっている。わたし自身が決めたこと。
わたし自身が選んだこと。
終わらせたい。終わらせて、楽になりたい。
そう願って筆を取ったはずなのに、
先へ進む度、時が止まってしまうのはなぜなのだろう。
言葉を生み出せなくなってしまうのはなぜなのだろう。
閉ざされた日記に、置かれた筆に、
頬杖を付いて窓の雨を眺めるわたし。
そんな、真夜中。
たんたん、たぬきが出たぞ。
こんこん、きつねが出たぞ。
気をつけ気をつけや、
化けて騙されぬよう、気を付けや。
こんこん、たぬきさん、
たんたん、きつねさん、
木枯らしが吹く今宵は我らの姿も
風が木の葉で此を身を隠す。
えんやこらえんやこら、宴や宴、
宝や宝や、馳走や馳走。
歌えや歌え、
たんたん、たぬきよ化けろ。
こんこん、きつねよ惑わせ。
人の子人の子、
今宵は宴。
私の中に化け物がいる。
私の中に怪物がいる。
そいつらは、時として人を襲い、人を食らう獣だ。
どれだけ泣き叫んでも、どれだけ助けを乞おうとも
そいつらは、決して助けなどしない。
ただ、血を、肉を求め、骨の髄までしゃぶり尽くすだけ。
どれだけ愛しく思ってる人でさえも、愛しくて、愛しくて
何よりも大切な人でさえも、血と肉がなくなるまで
そいつらは、しゃぶるのを貪るのをやめない。
私は醜い。
醜くて、醜くて、どうしようもない。
私の中の化け物を、怪物を殺せたのなら
こんな私であっても美しくなれるのだろうか。
化け物さえ、怪物さえいなければ、
私は誰からも愛されるような、可愛い娘になれただろうか。
それでも、どれだけそうありたいと願っても、
私の中の化け物は、怪物は死なない。
決して、死ぬことも、殺されることもない。
死ねない、殺せない、それが私の中に棲む化け物なんだ、怪物なんだ。
化け物は、怪物は、可愛い娘だけを
美しい娘だけを好んで食す。
それは、私の中の負の感情がそうさせているのだろうか。
可愛い娘が、美しい娘がこの世界からいなくなれば、
私という醜い存在であっても、生きていることが許される。
私の中に化け物が、怪物が棲んでいても、
世界に存在することが許される。
そんな思いから、私の中の化け物は、怪物は
可愛い娘、美しい娘だけを食っているのだろうか。
可愛い娘の、美しい娘の血は、肉は美味。
極上の美味さと、程よい甘みがある。
一度それを口にしてしまえば、普通の羊や牛などの肉は
一切喉を通らなくなってしまうだろう。
可愛い娘の血と肉も、美しい娘の血と肉も
魔の血と肉ではないか、と疑ってさえしまう。
私の中に棲む化け物や、怪物のような魔物でなくても
一度口にすれば、それを忘れることはないであろう。
中には、人でありがならもそれを求める輩も出てくるはず。
嗚呼、私と人とはなんら代わりはないのか。
欲望というものも、醜いところも、似ているのではないのか。
私が人を食らうように、人は羊や牛を食らう。
人とは異なるものであろうとも、命を食らっていることに変わりはないだろう。
そう考えてしまえば、私が人を食らうことも
思っていたよりも、重罪ではないのかもしれない。
そう考えれば、少しは楽になるような気がする。
醜いままでいても良いような気がする。
そう思うのに、なぜか今日も私は美しいものを、可愛いものを。
目にするばかりで、私が醜いことを妬む。
可愛い娘になりたいと、美しい娘になりたいと言う欲望は消えない。
いつか、可愛い娘を、美しい娘を食い続ければ
私自身も可愛い娘に、美しい娘になれるのではないかと願いを込めて
今日も私は人を食らうだろう。
いつものように。
そして、目の前の固体から悲鳴が消えた。
細い街路樹が止めどなく並ぶ道をわたしはただひたすらに歩いていた。
冷たい冬の風が木々の枯れた葉を揺らす。
もう時期、この街は灰色に支配され、木々も葉をみな落とし、深い眠りにつく時がくる。
冬を迎えても街路樹自体は芯の底で生きている。
けれど、わたしの足元に落ちた葉は命を枯らし、わたしが一歩、足を進める度に粉々に砕けてしまう。
そこにはもう命などなくて、輝きを放っていた姿さえ今はどこにも見当たらず
色褪せて抜け殻になってしまった姿だった。
無限に思える時間にも命にも、この街路樹にも、終わりはある。
それなのに、宛もなく彷徨うわたしには目的地などなくて、どこに辿り着けばよいのか答えが見つからない。
一体この先に何があるのか、何が待っているのか、何かが待っていてくれているのかさえ分からない。
母体から引き剥がされてしまった葉に、永遠の命などというものがなかったように、わたしの命にも限りがあり、
今はこうして一秒一秒を生き、果てしなく続くように思えていても
一つ息を吐く度に、この体から「生命」というものが抜け落ちては命を枯らして逝く。
そうしていつかは体から全ての「生命」が抜け落ちて、落ち葉のように砕け散ってゆくのであろう。
ーーーわたしを待ち受けるその日までに、わたしが止まるべき場所は見つかるのだろうか。
ーーーわたしが辿り着くべき場所はそこにあるのだろうか。
凍える身体を自分の腕で抱き締め、永遠に続くかと思われる街路樹をひとり、歩みを進めながら
今日も果てしない気持ちを早足で追いかけていく。
この世界の果てを、目指して。