私が好きなのは、君の奏でる音楽だ。
決して君自身じゃない。
歌い手の推しが炎上したのをネットで知った時、心に浮かんだのはそんな気持ちだった。
推しに惹かれたきっかけはその歌声だ。動画配信サービスで可愛らしさのなかに芯の通った唯一無二の歌声を聴いた時、電流が走った。処理し切ることができない程の興奮に襲われ、動画を一時停止し目を瞑って呼吸を整えた。かれこれ推しを推し始めて3年になるが、彼女が私に与えてくれる興奮は尽きなかった。
ネット上に彼女へのアンチコメントが浮かぶ。彼女のファンと思われる人が、彼女を擁護する。私は別に彼女を批判したくも、擁護したくもなかった。無感情と言われればそうかもしれないが、歌声が好きなだけなのに彼女自身も好きだとアピールして他人事に干渉するのは違うと思った。好きなのは、君の奏でる音楽だから。今までも、これからも。
上京の荷物の中から覚えのない麦わら帽子を発見したのは、引越しの翌日の昼ごろだった。
春から東京の大学に通うことが決まり、一人暮らしをすると母親に告げた時は、あそう、がんばって。という淡白な返事だった。引越しの荷造りは一人で進めた。その時に麦わら帽子が紛れ込んだわけがない。じゃあ母親が入れたのだろうか。多分そうだ。なんのために?小さめのダンボールに居座る麦わら帽子を見つめていると、大きめの傷を発見した。
これは…!オレが5歳の時、つけた傷?確か木登りしてて足を踏み外し、小枝が引っかかってできた傷だ。これを皮切りに懐かしい田舎の風景がいくつも思い出される。麦わら帽子が大好きだった幼き日のオレの感動と共に。母親がオレに、東京に染まるなと言いたいのかもしれないと思った。素直な心を忘れるな、かもしれない。確かなのは、オレがちょっとだけ嬉しかったことだ。
あたし32歳、独身だ。猫背で会社へ向かう。今日は朝から土砂降りでだるさに磨きがかかる。自宅から、会社の最寄りのバス停である終点までは約15分。今日は大雨のせいで自転車通学が厳しいのだろう、学生がバスにぞろぞろと乗ってくる。制服からして終点の一つ前にある〇〇高校の生徒が大半だ。あくびをしながら顔を上げるとふと、なんだか奇妙な感じがした。
気になって車内をよく見てみる。はっとした。
元彼に、似てる。
雰囲気がそっくりな男子高校生。
いや、どうでもいい。どうでもいいはずなのに、なんだか奇妙な、、奇妙な、、、よくわからない気持ち。
元彼とどうこうなることなんてもう無理だ。
でも何故か、この気持ちを無かったことにはできないない気がした。
気づけば、なぜか〇〇高校前のバス停で降りようとしていた。だめだ。男子高校生を追いかけるとかただのきもいストーカーになってしまうし。
彼がバスを降りる。あたしは下を向いて、終点を待ちつづける。
「上手くいかなくたっていいから、副部長やってみろよ。」
僕は怒りを覚えた。親友がそんなにも嫌な奴だとは思わなかった。お前はなんでもできるから、上手くいかない苦しみを知らないんだ。つい口から漏れ、親友が口をつぐむ。僕はいつもそうだ。つい自分を貶す。でもそれは輝きの塊のような親友の存在があるからだ。ああ、自分がより嫌いになると予測できただろうにこいつと友達になった僕のせいだ、僕は、、。
こうやってうじゃうじゃ悩んでいるから、副部長はおろか僕自身を認めることさえ上手くいかない。
「上手くいかなくたっていい。」
親友の言葉が、自分と向き合う努力をこの僕から引き出した。全く、彼はすごい奴だ。
蝶よ花よ。脚本創作のためのアイディアが全く降りてこないことを嘆いていた私と少しでもマシになればとアプリの入手ボタンに指を押し当てた1分前の私を思い出す。蝶よ花よなどと言われてもなにも思いつかない。不甲斐なさとともに自分のアイディアのなさがより色濃くはっきりとする。しかし練習あるのみなのかもしれない。蝶よ花よ。まともな続きが書けない今日の私をここに刻んでおこう。