丘で日が昇るのを見届けるのが好きで日課の一つだった。満天の星がポツポツと消えていき、暗がりの青い空が、輝かしい光を纏ってオレンジを含む青になっていくの姿が愛おしかった。
優しい風が足元の草花を揺らして遊ぶ姿を見届け、私は決まった言葉を告げる。
「おはよう。マニーサル。」
家に帰ると、朝ごはんの支度をした。コップに牛乳を注ぎ、パンをバターをつけて焼く。ヤコの実の皮を丁寧に剥いて皿に乗せた。温かいスープを零さないように丁寧に机において、椅子に腰掛けた。私は、口に食事を運び、一人で朝食を楽しんだ。
暫くすると、教会の鐘の音が響き、街に朝を知らせる。私は鐘よりも先に起きるから、街が起きていく姿も見ることができた。この優越感が堪らなく好きであった。まるで特等席で映画を観ている気分になる。
食べ終わると、食器を片付け、街へ出かけた。食料調達と町の人々との交流のためだ。簡単な服に着替え、街へ赴く。
「やぁ、いい朝だね。」
「やぁ、そうだね。今日もいつもと同じだろうね。」
「いつものパンが欲しいな。」
「はいよ。君はパンしか食べられないのかい?」
「あとは、牛乳とヤコの実、それから温かいスープを食べてるよ。」
「そうかい。マニーサルがそう決めたならそうなんだね。」
「そうさ。マニーサルが決めたことだ。」
そう言って、私はパン屋からパンを貰い、軽く世間話をした後、他の場所へと向かう。いつも通り、次はヤコの実を貰う。
ヤコの実を売っている青年の店の前に向かうと、青年は眠たそうに伸びをして、大きくあくびをしている。この光景も毎日見ているので変わっていないことに安堵する。
「やぁ、おはよう。いい朝だね。」
「おはよう。そうだね。もう見飽きたよ。雨というものも見たいね。」
「マニーサルは晴れが好きだからね。ところで、いつものが欲しいな。」
「君はヤコの実だね。少し待ってて。」
そう言って、ヤコの実を袋いっぱいに詰めてくれた。他の実も見るけど私は食べられないので本当に眺めるだけ。ヤコの実以外にも、ユタンの実、コッタの実、アッケの実などたくさんある。
「他の実が気になるのかい。」
「あぁ、見てるだけだけどね。」
「食べてみるかい?」
「マニーサルが許さないよ。」
「ならしょうがないね。」
はい。と青年はヤコの実を渡してくれた。感謝を伝え「また来るね」と言って私は青年と別れた。
毎日毎日同じ日を繰り返す。同じ言葉を交わし、同じ行動をし、同じ食事を摂る。これが私達の生活だ。いつからとか、そういうのは覚えてない。覚えているはずがない。毎日同じ事件が起きても、誰もが初めて起こったかのような反応をする。いや、させられている。私たちはそうやって設定されている。
マニーサル。
私たちを作り出した小説家だ。数十年前、マニーサルは私達の続編を途中まで書いていたが、病に倒れ、そのまま亡くなってしまった。
私達は、マニーサルが書いた通りに何十年も同じ日を繰り返している。いつか、続編が完成する日を待って。
No.22 _遠い日の記憶_
急に自分が自分じゃなくなる時がある。意味もわからないグチャグチャな心と頭が支えきれず、ベッドや床に横になっていたり、普段は音楽を聴くのに、聴くことすらできなくなる。
あれが嫌だった、こうすればよかった、これしたい、あれ見たい、という思考すら出来ず、本当に無の状態へ還る。それでも、何かで埋め尽くされた心と頭がある。
わかるだろうか。いや、わからないだろうな。自分でもわからないのだから。
正直、疲れてしまっているのだろう。何かに追われることも、押し付けられることも、生きることですら。
どうしたいのか、わからない。取り敢えず、本当に何もしたくはない。
この気持ちが晴れるまで、私はここに留まれない。
それじゃあ。また。
No.21 _正直_
本日、霧つゆの誕生日。
自由な芽を潰してしまう貴方がたよ。なぜ、そんなことができるのか。
鳥かごに何時間も入れられた我々は空を見上げるだけで、飛ぶことは許さない。
「自由に」「個性を」そう語ったのは偽りか。
断れない約束事を増やされ、我々の自由を取り消し、尚且つ月前から言わぬは、社会人としてどうか。
「徹底して」「今後は」そう語るが、見て見ぬふりをして、何人の命が地へ落ち、何人の足が止まったか。
私は嫌いだ。貴方がたが嫌いだ。常に頭の回らない指示をぶつけ、常識的では無い行動をし、報告すらまともにできぬ貴方がたが嫌いだ。
私は嫌いだ。咲く花を摘む貴方がたが嫌いだ。他を見よ。どんなに自由だったか。どんなに私達に輝いて映ったか。
私は嫌いだ。自分たちに非が無いよう語る貴方がたが嫌いだ。我々生徒を変えたくば、貴方がたが変われよ。他に耳を傾けよ。他に語れば「それはおかしい。」そう口をつけられるぞ。
私は嫌いだ。口だけ立派な貴方がたが嫌いだ。貴方がたが「この学校を変えたい」そういうが、貴方がたは変わろうとしているのだろうか。申し訳ないが、私達には変わったようには一切思えない。
貴方がたは、雨のようだ。冷たく降りしきる、雨のよう。貴方がたが語る姿は、気が沈み、頭痛がする。冷たく不快である。
全員が全員そうとは言わぬ。ただ、私の行きゆく場所では、そうである。
No.20 _降り止まない雨_ ノンフィクション
音楽を聞くのが好き。メロディーもそうだが、歌詞を見たりするのも好き。可愛いものからカッコいいものまで、好きなジャンルは沢山見漁った。
私が好きなのは、小説のように「起承転結」になっている曲や、誰かへ宛てた曲が好きだった。感情移入しやすく、凄く曲と一体化している気分になれて、本当に好きだった。
だけど、今は違う。
「離れないで。」「側にいてね。」という歌詞が大嫌いだ。聞くだけでフラッシュバックをする。あの日のことが、あの子のことが。
嫌いになってごめん。離れていってごめん。
それでも、人のトラウマを喜ぶ人とは一緒には居れなかった。
貴方が、「離れないでね。」「ずっと側にいてね。」と何度も私に捧げてくれた言葉。今では、それが恐怖でしかなくて嫌いだ。
ずっと、記憶に蔓延って、貴方から逃げ出せない。
それじゃあ、さようなら。逃げ出せない追憶よ。
No.19 _逃げ出す_ ノンフィクション