孤都

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11/13/2024, 1:17:30 PM

  『また会いましょう』

 桃色の、大きな花弁をつけた桜の木。その花弁がふわふわと散り始めたあの日、貴方は僕に一言、言葉を遺して、1人未知の世界へと旅立った――。

 少し広めの個室の病室。病室特有のしんみりとした雰囲気はなかった。
 そんな要素をひとつとして、感じさせられないような、桜の香りで溢れる和やかな雰囲気の部屋。

 そこには、白いベッドや綺麗な花が生けられていた。

 僕と貴方が出会ったのは、奇跡といってもいいくらいだ。

 病院の図書館で、たまたま、隣の席に座っていて、たまたま、読んでいた小説の作者が同じ人だっただけ。

 そんな偶然が重なって奇跡となり、僕らはお互いの病室まで通い、世間話などをする仲になった。

 この、二人だけの時間が楽しみで、寝る間も惜しんだな。
 けれど、出会いは突然に、というように、別れも突然だった。

 窓を開けて、おだやかな風に乗り、ふわふわと桜の花弁が手のひらに舞い込んで来た時。

貴方の容態は急変した。

 あなたの苦しむ姿を目の前にした時、僕のからだは固まってしまう。
 何とか必死に手を伸ばして、ナースコールを押し、先生を呼ぶ。

 貴方が苦しまないように、先生は最善を尽くしてくれた。

 そのおかげで、命の灯りが途絶えてしまうまでの最後の1時間を、共に過ごせることができた。

 結局、最後までいつもと変わらない話しをしていたけれど、その中でお互いに通じる想いを伝え合うことができた。

 それもあってか、貴方は逝く前に僕に言葉を遺した。

 今、思い返して考えてみれば、その言葉は、僕が貴方を失うことへの寂しさや喪失感、自分たちがまた会えることを願って、の言葉だと理解出来る。

 彼女は、最後まで人の心を救うような、心優しき人間だった。




――「また会いましょう」。


11/12/2024, 12:07:11 PM

 『スリル』

 申し分がないほど、裕福な家庭に生まれ落ちたぼく。

 祖父は日本国内だけでなく、世界にも存在を知らしめた、大手世界企業の会長、父はその社長。
 祖母と母は、もとは茶道や生け花など、その道をゆく、由緒正しきお嬢様の身分である。  

 いわゆる、「貴族」の彼、彼女らには、身分の縛りから
解放される、唯一の時間がある。

 それは、生死の天秤を傾けるほど、危険な行為をすること。
 つまりは、スリルを楽しむことだ。

 命綱はあれど、生死を決めるその綱は、自分の体重に耐えられるか分からないような、バンジージャンプ。

 サバンナに無防備で入り込み、野生の肉食動物に追いかけられたり。

 それぞれが、それぞれの命をかけたスリルを楽しんでいる。

そんな一族に産まれ落ちたぼくは、もちろん、その遺伝子を継ぎ、自分の命をかけたスリルを毎日楽しんでいる。

 ふと、ぼくは思った。


 これが、貴族の本当の遊びなのではないのかと。