『また会いましょう』
桃色の、大きな花弁をつけた桜の木。その花弁がふわふわと散り始めたあの日、貴方は僕に一言、言葉を遺して、1人未知の世界へと旅立った――。
少し広めの個室の病室。病室特有のしんみりとした雰囲気はなかった。
そんな要素をひとつとして、感じさせられないような、桜の香りで溢れる和やかな雰囲気の部屋。
そこには、白いベッドや綺麗な花が生けられていた。
僕と貴方が出会ったのは、奇跡といってもいいくらいだ。
病院の図書館で、たまたま、隣の席に座っていて、たまたま、読んでいた小説の作者が同じ人だっただけ。
そんな偶然が重なって奇跡となり、僕らはお互いの病室まで通い、世間話などをする仲になった。
この、二人だけの時間が楽しみで、寝る間も惜しんだな。
けれど、出会いは突然に、というように、別れも突然だった。
窓を開けて、おだやかな風に乗り、ふわふわと桜の花弁が手のひらに舞い込んで来た時。
貴方の容態は急変した。
あなたの苦しむ姿を目の前にした時、僕のからだは固まってしまう。
何とか必死に手を伸ばして、ナースコールを押し、先生を呼ぶ。
貴方が苦しまないように、先生は最善を尽くしてくれた。
そのおかげで、命の灯りが途絶えてしまうまでの最後の1時間を、共に過ごせることができた。
結局、最後までいつもと変わらない話しをしていたけれど、その中でお互いに通じる想いを伝え合うことができた。
それもあってか、貴方は逝く前に僕に言葉を遺した。
今、思い返して考えてみれば、その言葉は、僕が貴方を失うことへの寂しさや喪失感、自分たちがまた会えることを願って、の言葉だと理解出来る。
彼女は、最後まで人の心を救うような、心優しき人間だった。
――「また会いましょう」。
『スリル』
申し分がないほど、裕福な家庭に生まれ落ちたぼく。
祖父は日本国内だけでなく、世界にも存在を知らしめた、大手世界企業の会長、父はその社長。
祖母と母は、もとは茶道や生け花など、その道をゆく、由緒正しきお嬢様の身分である。
いわゆる、「貴族」の彼、彼女らには、身分の縛りから
解放される、唯一の時間がある。
それは、生死の天秤を傾けるほど、危険な行為をすること。
つまりは、スリルを楽しむことだ。
命綱はあれど、生死を決めるその綱は、自分の体重に耐えられるか分からないような、バンジージャンプ。
サバンナに無防備で入り込み、野生の肉食動物に追いかけられたり。
それぞれが、それぞれの命をかけたスリルを楽しんでいる。
そんな一族に産まれ落ちたぼくは、もちろん、その遺伝子を継ぎ、自分の命をかけたスリルを毎日楽しんでいる。
ふと、ぼくは思った。
これが、貴族の本当の遊びなのではないのかと。