【お見通し】
ある秋の日、同じクラスの女子生徒が聞いてきた。
「この時期にそれって寒くないの?」
あたしは半袖のシャツを着ている。だから不思議に思ったのだろう。
「結構平気よ」
「ならいいけど。風邪引かないようにね」
そう言って彼女は去っていった。普段ツンツンしている彼女が他人のことを心配してくれるなんて、なんだか意外ね。
「あのぉ」
次に話しかけて来たのは男子生徒だった。
「何かしら?」
「これ、貸すので着てください」
そう言って渡されたのは白いカーディガン。あたしは尋ねる。
「良いの?」
「明らかに寒いのに強がってるの、見てられないので」
「……よくわかったわね」
あたしが平気なフリをしていたこと、どうやら彼にはわかってしまったらしい。
そう、あたしは強がっていた。運悪く洗濯した長袖が今朝までに乾かなかった為、仕方なく半袖を着てきたのだ。
「ありがとう」
あたしは礼を言ってカーディガンに袖を通した。
【降り続いて】
朝から降り続けている雨を、私は窓から眺めている。
「まだ帰ってなかったのか?」
「うん。傘忘れちゃって」
声で仲が良い男友達だとわかった私は振り向かずに答える。
「なるほどな」
雨から目線を動かさないまま、独り言のように発してみた。
「ずっと降り続けてくれないかなぁ」
「それおまえが困るだろ。それに、止まない雨は無いさ」
そう言った彼はきっと苦笑している。
「わかってるって」
確かにいつかは晴れるだろうけど、しばらくはこのままでもいいんじゃないかな。だってせっかく私の代わりに泣いてくれてるんだから。
「あのさ、さっき知ったんだけど――」
「何も聞かないで」
触れて欲しくない私は咄嗟に遮ってしまった。直後我に返って振り向いた所で相手と目が合う。
「わかった。そっちが話したくなるまで待つよ」
「……ありがと」
いつにも増して真剣な表情に、そう言うのがやっとだった。
【幕切れ】
目が覚めると、私は蝶になっていた。
仕事に行く必要はないし、花の蜜も結構美味しい。自由に空も飛べる。
やった。嬉しい。
なんて思っていたのはついさっきまで。
今の私はクモの巣に引っ掛かってしまい、困っている。もがけばもがく程、余計糸に絡まれていく感じがした。
どれだけ願っても助けはやって来ない。
クモにとって私はただのエサでしかない。当然逃がしてもくれないだろう。
生き延びることを諦めた私は、昨日までのことを振り返ってみた。
私がまだ人間だった時、私はたくさんの虫の命を奪った。小さな虫は即座に潰すのが当たり前だった。我ながらなんて残酷なことをしてきたのだろう。もしかするとこの現象は、私への天罰なのかもしれない。
お願いします。もうしないからどうか許して。
そう思ったとて時既に遅し。
巣の主はすぐそこまで来ている。
【別れの言葉】
「また明日」
そう言ってから我に返り、溜め息をついた。一人になったんだからもう言う必要ないのに。
昨日まで隣で眠っていた相棒は、夜の間に旅立った。私が起きた後、いつものように撫でてみたらやけに冷たかったのだ。
老衰。夜中に鳴き声で起こされなかったから、それ程苦しまずに逝けたのだと信じたい。
少し前から近々こうなる日が来るとは覚悟していた。でもいざ来てみると早いなと思ってしまう。
また明日って。翌日も元気でいてくれると信じていたからこそ、毎日寝る前にかけていた言葉だったのに。
小さな頃から私の傍にいてくれた相棒。人間と犬では寿命が違うから叶わぬ願いとわかっていたけど、もっとずっと一緒にいたかった。
「ありがとう」
私は少し声をはりあげて言った。この言葉が天国にいるであろう相棒に届いていることを願いながら。
「またいつか」
どうか、天国で再び会えますように。